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人間国宝の歌舞伎俳優、坂田藤十郎さん死去、88歳 

歌舞伎俳優の坂田藤十郎さん=2018年10月、大阪市中央区の松竹座(鳥越瑞絵撮影)
歌舞伎俳優の坂田藤十郎さん=2018年10月、大阪市中央区の松竹座(鳥越瑞絵撮影)

 上方歌舞伎の再興に尽くし、圧倒的な芸格と深い解釈で歌舞伎界の頂点に立った文化勲章受章者で人間国宝、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した歌舞伎俳優、坂田藤十郎(さかた・とうじゅうろう、本名=林宏太郎=はやし・こうたろう)さんが12日、老衰のため亡くなった。88歳だった。

 京都市生まれで、父は歌舞伎から映画まで幅広いジャンルで名優といわれた人間国宝の二代目中村鴈治郎。祖父は戦前の上方歌舞伎の大スターだった初代中村鴈治郎。

 昭和16年、二代目中村扇雀を名乗って初舞台。28年に東京・新橋演舞場で復活初演された近松門左衛門「曽根崎心中」のお初の瑞々(みずみず)しい演技で一躍、歌舞伎界のトップスターになった。

 平成2年、三代目中村鴈治郎を襲名。17年には京都・南座で、江戸時代の上方和事の創始者、坂田藤十郎の名跡を四代目として襲名。上方歌舞伎を象徴する存在となった。

 近松の作品を追求するため、「近松座」を結成。昭和57年、第1回公演として「心中天網島」を原作にのっとって上演した。

 立役、女形と幅広く、生涯主役を演じ続けた。当たり役は数多いが、半世紀以上にわたって、ほぼ一人で演じた「曽根崎心中」のお初は、藤十郎さんが作り上げた当たり役。平成26年4月に“一世一代”として、東京・歌舞伎座で演じ納めたが、アンコールの声に応え、翌年には大阪松竹座などでも演じた。

 上方和事の頂点といわれる「吉田屋」の伊左衛門、家の芸の「河庄」の治兵衛など、はんなりとした色気で自在の芸といわれた。女形では「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の政岡、「仮名手本忠臣蔵・九段目」の戸無瀬(となせ)など、重厚な役どころに本領を発揮した。

 後継者に長男の中村鴈治郎さん、次男の中村扇雀さん、孫の中村壱太郎さん、中村虎之介さんがいる。

 歌舞伎俳優として栄誉を極め、日本芸術院会員、人間国宝、文化勲章、高松宮殿下記念世界文化賞など。日本俳優協会会長の要職もつとめた。妻は元俳優で参院議長を務めた扇千景さん。

 最後の舞台は令和元年12月の南座・顔見世で演じた「祇園祭礼信仰記」の慶寿院尼だった。

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