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消えゆく悲劇と微かな光明 時代に翻弄された台湾人形劇「布袋戯」 

ドキュメンタリー映画「台湾、街かどの人形劇」の一場面。布袋戯の人形の動きは、生命力に満ち、繊細だ (C)Backstage Studio Co., Ltd.
ドキュメンタリー映画「台湾、街かどの人形劇」の一場面。布袋戯の人形の動きは、生命力に満ち、繊細だ (C)Backstage Studio Co., Ltd.
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 父親の李天禄(リ・ティエンルー)さんは布袋戯の人形師。台湾から人間国宝に認定され、台湾映画の名脇役としても名高い。陳さんは12歳から布袋戯を学び始め、李さんの組織する布袋戯劇団の巡業にも同行し運営ノウハウを学んだ。長じて後、自身も人間国宝となった。

 この映画は、布袋戯の衰退に危機感を覚え78歳で新劇団を作った陳さんを主人公に、天才の父に負けじと内外で上演やワークショップを精力的に展開する伝承活動を10年にわたって追ったものだ。台湾で公開後、各地の映画館で満席が続出し、このジャンルとしては異例の大ヒットを記録した。

北京語推進政策で衰退

 作中、若者へのPRを兼ねた街の布袋戯コンテストで審査員を務めた陳さんの反応が印象的だ。正義の主人公と悪役をバタバタと騒々しく戦わせる冒険活劇の演目を見て、陳さんは「これはだめだ」と思わずため息をもらす。真意を知ろうと水を向けると、陳さんは「若者が布袋戯に関心を持つこと自体はうれしい。だが、これでは繊細な指の動かし方といった伝統の技は永遠に失われてしまう」と複雑な胸の内を明かした。

 なぜ布袋戯は廃れたのか。楊監督はテレビの台頭を挙げ、「伝統的な布袋戯の上演へわざわざ足を運ぶ人々が減ってしまった」と指摘した。一方で、1970年に視聴率97%を記録したテレビの布袋戯番組がほどなく放送禁止処分となった出来事も一因だという。

 「北京語の公用語策を推進していた台湾が台湾語の盛り上がりに危機感を強めた。今では、大衆芸能としての布袋戯を知る者は少なくなり、布袋戯を理解するための台湾語話者も減ってしまった」

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