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【話の肖像画】シンガー・ソングライター BORO(65)(7)みんな「自分が一番」

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BOROの自宅スタジオ。ここで楽曲が誕生する=神戸市北区
BOROの自宅スタジオ。ここで楽曲が誕生する=神戸市北区

 〈東京でデビューした関西出身のアーティストたちは、相次いで拠点を関西へ移し、独自の空気感を漂わせる音楽シーンが関西で形成された〉

 河島英五と桑名正博は、ぼくが紹介したんです。桑名がぼくに「河島英五ってどんなやつや、会わしてくれ」って言うんですよ。阪神大震災(平成7年)の直後くらいのことです。正(まさ)ヤン(桑名)は「あいつ(河島)はギター一本やしな。オレはバンドやし」と言うんです。今はその意味が分かりますけど、当時は分からなくて。「オレらは苦労してる。バンドのメンバーとああだこうだといいながら苦労してサウンドを作りあげている。片や、ギター一本で全部もっていく。その感覚があわへん」と。で、2人が会うと、その化学反応がとてもおもしろかったですね。最初は反発している感じでしたが、慣れていったようでした。

 やしきたかじんさんは、あいさつするくらいでしたが、上田正樹さんは、しょっちゅう曲作ったり、家に泊まったりしていました。キー坊(上田)が「オレ、曲書くわあ」「BORO、詞書いて」と。上田正樹さんは「BOROの詞は最高や」って言ってくれてましたから。

 本人たちは子供のまま。見栄(みえ)もなにもない付き合いをしていました。だれもカッコつけず、エラぶってもいない。みんな、ライバルと思っていなかったと思いますよ。どっちかというと仲間意識が強かったですね。

 〈BOROと上田正樹、桑名正博、もんたよしのりがそろい踏みしたあるコンサート。そのエンディング、個性がぶつかり合った〉

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