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【よみがえるトキワ荘】取り壊し現場で「リボンの騎士」天井板に

警視庁記者クラブに“保管”されていた、アパート「トキワ荘」解体時に取り外され、漫画家の手塚治虫さんが若手記者に贈った天井板。「リボンの騎士」のキャラクターと、自身の姿が描かれている
警視庁記者クラブに“保管”されていた、アパート「トキワ荘」解体時に取り外され、漫画家の手塚治虫さんが若手記者に贈った天井板。「リボンの騎士」のキャラクターと、自身の姿が描かれている
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 「これは格好の“まちネタ”になるぞ」

 昭和57年11月下旬、警視庁池袋署の記者クラブに戻ってきた記者たちは、仕事をしていた他社の記者たちに店で聞き込んできたネタを教えた。「手塚治虫たちが暮らしたトキワ荘が取り壊しになる」。その店とはトキワ荘近くの中華料理店で、藤子不二雄の「まんが道」にも出てくる「松葉」だった。

 彼らは豊島区周辺を示す警察用語「5方面」が担当。当時本紙社会部記者だった安藤徹さん(69)も含まれていた。若手記者たちは漫画好きが多く、このネタを手分けして取材することになり、安藤さんは手塚の談話を任された。

 プロダクションに電話したが、本人は不在。担当者は「後から電話させます」と話したが、漫画の神様が自分からかけてくるとは思えず、机の上に脚を投げ出して、のんびりとくつろいでいた。すると、記者クラブの電話が鳴った。

 「『手塚です』と言われて、『どちらの手塚さんですか』と聞いたら、『手塚治虫です』と。直立不動になったよ」

 慌てて談話を取った。「貧しい仲間たちと一緒によく鍋を囲んで、その煙が充満してね。懐かしいことこの上ない」。そんな趣旨で手塚はトキワ荘の思い出を語ったという。「とにかく気さくで飾らない人だった。人柄の良さを感じた」

 後日、解体の現場を訪れた手塚は天井板の一部をはがし、そこに若き日の自身の姿や、代表作「リボンの騎士」の主人公サファイアを描いて記者たちに贈った。「5方面ってなんですか」と記者クラブについて尋ね、「呉越同舟で、みんな集まって記者としてしのぎを削り合っているんです」と説明を受けると、「トキワ荘と同じだね」と笑って応えたという。

トキワ荘解体当時の思い出を語る元産経新聞記者の安藤徹さん=7月31日、東京都国立市(松崎翼撮影)
トキワ荘解体当時の思い出を語る元産経新聞記者の安藤徹さん=7月31日、東京都国立市(松崎翼撮影)
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 この天井板(縦約90センチ)は代々、警視庁の記者クラブで保管されてきた。来年3月にオープンするトキワ荘の復元施設「マンガの聖地としまミュージアム」(仮称)での公開が検討されている。

 安藤さんは高校時代まで漫画家を志していた。「トキワ荘は手塚さんが関わった漫画文化の原点で、集まった漫画家たちが個別の才能を開かせた場所。そのエネルギーは何だったのかな」。今でも、そう思いをはせる。

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