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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(23)渥美清さんにお別れする会

「渥美清さんとお別れする会」は神奈川県鎌倉市の松竹大船撮影所で行われ、1万人を超えるファンが献花した。式には歴代のマドンナたちが集まり、代表して浅丘ルリ子さんが「寅さん、いまどの辺りを旅しているの。疲れたらいつでも戻ってきてね」と別れを告げた=平成8年8月13日、鎌倉市の松竹大船撮影所
「渥美清さんとお別れする会」は神奈川県鎌倉市の松竹大船撮影所で行われ、1万人を超えるファンが献花した。式には歴代のマドンナたちが集まり、代表して浅丘ルリ子さんが「寅さん、いまどの辺りを旅しているの。疲れたらいつでも戻ってきてね」と別れを告げた=平成8年8月13日、鎌倉市の松竹大船撮影所
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 渥美清の死は平成8年8月4日。荼毘(だび)に付された後、6日に渥美夫人が山田洋次監督に電話で伝えた。監督の悲痛を思わずにはいられない。8日の各紙が報じた。移転性肺がん、68歳。13日に神奈川県鎌倉市の大船撮影所で「渥美清さんとお別れする会」があった。

 私も妻と出向いたが、大船駅前から列がなかなか動かない。真夏日なので喪服を手に持ち、熱中症の心配をした。ジーパン姿の若者も多く、寅さんファンの層の厚さを実感。上空をヘリコプターが飛び、救急班が担架をもって走る。江戸川の土手を模した祭壇が作られ、渥美の写真がほほ笑みかけていた。合掌。

 新聞にはお別れの言葉があふれた。「サンケイスポーツ」(14日)は1面トップで「寅さんに最後の別れ…さくら(倍賞千枝子)涙、涙、涙」「全国から3万5000人のファンがこの日早朝から松竹大船撮影所に集まり、約1キロ離れた大船駅まで長い悲しみの列を作った…」。寅さんの相棒役ポンシュウこと関敬六は渥美の古い仲間として「がんとも言わずに死んじゃってずるいよ。でも死ぬときはこっそり死ぬよ、と言っていたお前らしいよ」と号泣した。

渥美清さんの死去を報じる平成8年8月8日付サンケイスポーツ1面
渥美清さんの死去を報じる平成8年8月8日付サンケイスポーツ1面
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 奈良県からの匿名の次の談話にも真実味が。「私は高三の時、愛する女性にふられてしまい、近所の小便の匂いのする映画館でやけ酒ならぬ〈やけポルノ〉ばかり見ていました。その時まちがって寅さんを見てしまい〈ああ、誰かをうらんだり、にくんだりするのはよそう〉と教えられました。今があるのは寅さんのおかげです」(同日「夕刊フジ」)

 若い人がみんな白けているのではないのがわかる。寅さんなら安心して見られるから、子供をつれて観賞したとの夫婦の談話もある。若者が見る映画は、人間が宇宙を飛びはね、怪獣が高層ビルを踏み倒し、死屍累々の街といったものばかりではない。こまやかな人情に笑って泣く映画も支持されている。

 寅さんファンが世代を超えて輩出し、『男はつらいよ』は国民的映画になった。渥美清が20世紀後半の日本人に優しさと笑いを提供したことの意味は再考されるべきである。

 今年末『男はつらいよ お帰り寅さん』が公開される。サザンオールスターズの桑田佳祐が主題歌を歌うことも決まったと報じられている。

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