PR

エンタメ エンタメ

【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(20)『無法松の一生』と『あにいもうと』

男はつらいよ第34作のスチール撮影に臨む大原麗子(手前)と渥美清=昭和59年10月24日、東京都内
男はつらいよ第34作のスチール撮影に臨む大原麗子(手前)と渥美清=昭和59年10月24日、東京都内

 第34作『寅次郎真実一路』で、寅次郎は人妻への切ない思いに苦しむ。飲み屋で知りあったエリートサラリーマン(米倉斉加年)が、過重労働で心身を病み行方をくらます。夫を捜す妻ふじ子(大原麗子)に同情した寅は一緒に鹿児島に出かけるが、いつか寅はふじ子に想いを寄せる。

 それを承知で彼女は、潔癖すぎる寅に「つまんない」とつぶやく。ふじ子のために取った旅館の部屋。寅は「奥さん、俺は汚ねえ男です。ごめんなすって」と去っていく。が、出口と間違えて押し入れを開けてしまい、しばし立ち往生、照れ笑い。小さなギャグでコミカルな味を出すことを忘れない山田演出である。

 山田洋次監督は初期作品『馬鹿まるだし』でも、人妻にほのかな恋心を持つ主人公のハナ肇に「あっしゃ、汚れとる」と言わせている。いずれも伊丹万作がシナリオを書いた傑作『無法松の一生』のいただきであり、オマージュ(敬意)でもある。

 伊丹の無法松は「奥さん! おれの心はきたない。奥さんすまん」と言い「風のように」去っていく。松五郎を、昭和18年版では阪東妻三郎が、昭和33年版では三船敏郎が演じて絶妙。

 もうひとつ。寅が、ふじ子と失踪した夫を捜しにいく鹿児島は、詩人小説家・室生犀星の『或る少女の死まで』が意識されている。この小説の主人公が「ふじ子」であり、彼女が「鹿児島」の人であるからだ。いや、それだけで室生犀星をうんぬんするのは少し苦しい。だが考えるに、『男はつらいよ』の寅とさくら(倍賞千恵子)の兄妹愛の原点は、室生犀星の小説『あにいもうと』だともいえる。

 映画史的にいえば、山田が敬愛する巨匠成瀬巳喜男の同名作品の原作でもある。森雅之と京マチ子が兄妹の愛憎を演じてみごと。さらに言えば、山田はこの原作で2度もテレビドラマの脚色をしている。1度目は昭和47年、そのものズバリ、兄は渥美清、妹は倍賞千恵子で(ここでの倍賞の鬼気迫る演技は特筆ものである)、2度目は平成30年、大泉洋と宮崎あおいが演じた。

 『男はつらいよ』は、『無法松の一生』と、『あにいもうと』がなければ生まれなかったといえるだろう。山田にとって、伊丹と犀星は決定的に重要な位置を占める。

よしむら・ひでお 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ