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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(19)放浪する寅と定着するさくらたち

柴又で寅次郎を待つ妹さくらを演じた倍賞千恵子(昭和45年)
柴又で寅次郎を待つ妹さくらを演じた倍賞千恵子(昭和45年)

 寅次郎の妹さくら(倍賞千恵子)は、気ままに旅する寅の自由さをいいなぁと思い、寅は、本当はさくらやとらやの人々のように家族をもち定住して定職に就くのがよいと考えている。双方が自分にはないものに憧れつつ一回限りの人生を歩んでいる。

 放浪する寅と、定着するさくらたちを比較するとき、その意味を『男はつらいよ』のなかで正面から問いかけた第8作『寅次郎恋歌』(主なロケ地=岡山県)は、重要な位置をもつと考えねばならない。

 夫を亡くして小学生の息子を育てながら柴又で喫茶店をやっている貴子(池内淳子)に、寅は一目見たときから「ほの字」になってしまう。貴子母子と一つ屋根の下で落ち着いた生活がしたいと夢想する。他方、貴子は寅の気ままな旅の暮らしに自由があるような気がしている。そして寅に語りかける。

 「いいわね、旅の暮らしって。ああ羨ましいわ。私もそんな旅がしてみたいなあ。女学生の頃からの憧れだったのよ。好きな人がいてね、例えばその人が旅役者かなんかで、私も一緒にね、旅から旅への暮らしをするの。ああ、いいなあ、旅って。私も今すぐにでも行っちゃいたいわ、こんなお店も何もかもみんな捨てちゃって。寅さんはまたいつか旅に行くの? 私も一緒について行きたいなあ」

 だが貴子が寅との旅を現実のものと考えようとした瞬間に、寅は貴子への想いを自らの心から追い出してしまい、そっと彼女の前から姿を消す。寅は、放浪と定着が真に等価値ではないことを知ってはいなくても感じているのである。

 そもそも人類の歴史は狩猟による移住から、農耕による定住へと進んだ。それが自由の放棄ではなく、真の豊かな生活の獲得につながると知ったからである。人々は家族を持って定着し、旅やバカンスや趣味の時間を生みだして英気を養い、そこに自らの生活と人生を築いていく。

 山田洋次監督が、『男はつらいよ』のスタート地点で、この壮大なテーマをもっていたかどうかは定かではない。だがシリーズは「旅する寅」だけが中心ではない。旅の意味を発見する第8作あたりから、「放浪と定着」という2つのメロディーがはっきりと奏でられる。そのことによってシリーズはテーマをもって、悠然と、しかも変化(へんげ)自在に、大河のごとく流れ出すことになる。

よしむら・ひでお 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。

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