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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(10)「故郷って奴はよ…」遠きにありて思うもの 吉村英夫

イラスト・阪本優子
イラスト・阪本優子

 映像とせりふが合体して珠玉のシーンが生まれる。シリーズのテーマの柱である旅と故郷との関連で名シーンを3つ挙げたい。

 その1は、寅次郎がウィーンへ出かける第41作『寅次郎心の旅路』から。ゆったりと流れるドナウ川を眺めつつ、異郷に住みついた久美子(竹下景子)に、旅人の故郷への想いを語る。

 「どこの川の流れも同じだなぁ。流れ流れて…海をずっといくと俺の故郷(の江戸川)へつながるんだ」

 せりふと河の流れの一体感がある。さらに「俺なんか旅先で風邪ひいて宿屋のセンベ布団にくるまって寝てるとね、無性に故郷が恋しくなって涙なんかが出てきたりするんだよ」と旅の孤独感を語る時、観客は寅の心に入っていく。

 だが次の瞬間、寅の言葉が転調する。「嘘言ってもしょうがないからね、この際、本当のこと言っちゃいますけど、私はしょっちゅう帰ってます。だから出たり入ったりしてますから、今でもすぐに帰りたいです」。シリアスからコメディーへ、旅人のもう一つの本音が飛び出す。

 その2は第6作『純情編』(主なロケ地=長崎県)から。夕子(若尾文子)にふられた寅は、失意のうちに妹さくらに見送られて柴又駅から旅立つ。

 「つらいことがあったらいつでも帰っておいでね」。寅も妹には甘えてホンネが出せる。「そのことだけどよ、そんな考え方だから、俺はいつまでも一人前に…。故郷って奴はよ…」。電車のドアが閉まり、寅の声は途中でかき消される。

 寅はどんな言葉を続けたのか。「故郷って奴はよ…」は、本作冒頭の寅の口上「故郷は遠きにありて思うもの」という室生犀星の詩に呼応する。旅する寅の本音を妹に伝えたかったのだろう。シリーズ中、最も余韻が残るシーンの1つ。

 その3は第12作『私の寅さん』(主なロケ地=熊本県)から。ショパンの名曲を聴きつつ寅が「あれは何ていう音楽です」と、りつ子(岸恵子)に問う。「別れの曲」。「別れの曲ねえ。やっぱり旅人の歌でござんしょうか」。「そうかもしれないわね」。

 故郷を思いつつも、日々旅にして旅をすみかとする寅の孤独感がにじみ出る。同時に愛するりつ子との「別れ」も近いだろう。「旅人の歌でござんしょうか」は名言中の名言。笑いながらも寅の想いがわかる観客には胸に込み上げるものがある。せりふ、映像、音楽の相乗効果がみごと。

     ◇

 よしむら・ひでお 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。

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