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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(9)風の吹くまま気の向くまま

イラスト・阪本優子
イラスト・阪本優子

 寅次郎は人生に目標がない。いや、目標をたてるからうまくいかないのだと思っている。「風の吹くまま気の向くままってやつだよ。道の真ん中でよ、指に唾(つばき)つける。風が吹いてきたなっていう方へ、いっしょにつられてふーっと行っちゃうわけだよ」と平然としている(第29作『寅次郎あじさいの恋』=主なロケ地・京都市)。

 恋に破れ仕事を放り出したスター歌手(都はるみ)と出会う第31作『旅と女と寅次郎』(主なロケ地=新潟県)では、「好きなところへ旅してんのさ。銭になんねえのが玉に疵(きず)だけどな」とうそぶくのである。寅の生き方を端的に表しているせりふであり、観客に車寅次郎の鮮やかなイメージが刻みこまれる。

 だが「風の吹くまま気の向くまま」に生きるのが真の幸せなのか。他方で寅は「みんな我慢して暮らしてるんだから、男だって、女だって」と、生きる厳しさを口にすることもある(第20作『寅次郎頑張れ』=主なロケ地・長崎県)。

 悲しい死に方をしたテキヤ仲間に語りかける寅(第39作『寅次郎物語』=主なロケ地・奈良県、三重県)の感慨は痛ましい。

 「どんな人間でも取りえがあって、悲しまれたり惜しまれたりして死ぬんだぞ。てめえが死んだとき悲しんだのはサラ金の取り立て人だけだったって言うじゃねえか、情けねえ野郎だな、本当に。たった一度の人生を、何でそう粗末にしちまったんだ。お前何のため生きてきたんだ」

 寅自身に言いきかせている言葉でもあり、観客にもグサリと突きささる。寅も年齢を重ねて、少しずつ気ままな生き方に無理を感じ始めているのかもしれない。フーテンの寅を愛する観客も、同じようにトシをとっていく。

 「満男、じっとおじさんの顔を見ろ。わかるか、これが一生就職しなかった人間のなれの果てだぞ。お前、こうなってもいいのか」と寅がクローズアップで映されると、くるまやの面々も観客も大笑いする(第46作『寅次郎の縁談』=主なロケ地・香川県)。だが、実のところドキッとするリアリティーがある。

 観る者は、「たった一度の人生」とは何なのかを突きつけられ、大笑いしながらも、一方ではとっさに自分の来し方行く末が頭のなかを駆け巡るのである。

よしむら・ひでお 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。

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