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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(7)あぁこの人を幸せにしたいなあ 

イラスト・阪本優子
イラスト・阪本優子

 『男はつらいよ』全48作(49作目は25作のリメイク)は、ひと言でいえば人間讃歌、いや愛の唄かも。軽妙で重厚な4888分の長大な「一本の映画」である。

 独身で博学の大学教授(小林桂樹)が「愛の問題」は「まだ研究しつくしておらんのですよ」と打ち明ける第16作『葛飾立志篇』(主なロケ地=山形県)。寅次郎は講釈する。

 「いいかい、あぁいい女だなあと思う。その次には話がしたいなあと思う。ね、その次にはもうちょっと永くそばにいたいなあと思う。そのうち、なんか気分が柔らかくなってさ。あぁこの人を幸せにしたいなあと思う。この人のためだったら命なんかいらない、もう死んじゃってもいい、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい」

 愛の本質の一端を言い当てている。純情な教授は「君は僕の師だよ」と感動のまなざしを向ける。

 だが寅の義弟、博(前田吟)は、生活者として恋愛至上主義をすんなりとは受け入れられない。第10作『寅次郎夢枕』(主なロケ地=山梨県)で疑問を呈する。「だって飯も食わなくちゃいかんし、仕事だってしなきゃいけないし」。

 ここでも寅は明確に反論する。「ほうそうかい、お前そんな気持ちでさくら(倍賞千恵子)に恋をしていたのか。いいかい、恋なんてそんな生やさしいもんじゃないぞ。飯を食うときもウンコをするときも、もうその人のことで頭がいっぱいよ、何だかこう胸の中が柔らかーくなるような気持ちでさ、その人のためなら何でもしてやろう…」。

 シリアスなドラマでは成立しないせりふだが、寅の口から発せられると、観客は彼の愛の指南を理屈はさしおいて受け入れたくなる。現実の厳しい人間社会に生きる者は、寅の素朴な優しさに心が洗われる。

 寅の哲学はすばらしいが、愛しあいながらの別れも含めて寅の恋は実らない。ここでは寅の敗北を説く言葉を聞いておこう。

 「女に振られたときは、じっと耐えてひと言も口をきかず、黙って背中を見せて去っていくのが、それが男というもんじゃないか」(第21作『寅次郎わが道をゆく』=主なロケ地・熊本県)。

 寅の失意は、しかし長くは続かない。各作品のラスト、次なる恋の予感に心震わせ、威勢のいい啖呵売(たんかばい)(露天商の口上)をする寅を観客は見つけるだろう。

 よしむら・ひでお 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。

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