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テロの重さを生きるパリ 喪失感との向き合い描く映画「アマンダと僕」

フランス映画「アマンダと僕」の一場面 (C)2018 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA
フランス映画「アマンダと僕」の一場面 (C)2018 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA
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青年と少女の静かな気迫に圧倒

 不安発作を繰り返すアマンダ、親代わりになる自信がなく狼狽(ろうばい)する独身のダヴィッド-。共同で脚本も執筆したアース監督は、戸惑いながらもダヴィッドとアマンダが2人で寄り添って生きることを決意し、新たな一歩を踏み出すまでの心の軌跡を丁寧に切り取った。

 テロの翌朝、ダヴィッドが母の死を知らないアマンダを散歩に誘い、公園のベンチで事実を伝える場面は、胸をかきむしられる最大の見せ場だ。

 「ママはどこ」と問うアマンダに、「もうママには会えない。死んだんだ。二度と会えない」とダヴィッド。あふれ出さんとする涙をこらえ、肩で息をしながらゆっくりと言い聞かせると、アマンダは一言も聞き逃すまいとダヴィッドをじっと見つめ、ぽつりと一言。「歩きたい。行こうよ」

 アース監督は一切の演出をラコストに任せた。ラコストは「撮影3日目だった。どう演じれば悲しみや将来への不安、アマンダへの思いやりが効果的に伝わるかを考え、撮影前夜は一睡もできなかった。結果的に、ごく自然なしぐさや感情を出せたらいいと腹をくくり、ぶっつけ本番で臨んだ」

 アマンダ役のミュルトリエは演技経験がなく、街でスカウトされた。この場面で彼女が見せた演技について、ラコストは「僕の演技をよく見たうえで、自然な演技で返してくれた。後で彼女に聞いたら『過去に悲しかったことを思い浮かべた』そうだ」と明かす。

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