PR

エンタメ エンタメ

【岩田由記夫の音楽の明日】平成回顧 J-POP躍進 CDバブルから配信へ

 平成の音楽シーンでもっとも特徴的だったのは、J-POP(ジェイ ポップ)という言葉の定着だろう。昭和には、演歌や歌謡ポップスというジャンルに、ジャパニーズロックやフォークが生まれ、ニューミュージックという言葉があった。それが、演歌を除いてJ-POPという一括(ひとくく)りの大きなジャンルとなったのが、平成という時代だった。

 昭和には日本の音楽ファンの中にも洋楽を愛する人の数も多く、音楽の総売り上げの中で洋楽の占める割合は高かった。それが、平成が進むに連れて減少し、J-POPの売り上げが大きく伸びた。J-POPに対する評価の良し悪しは別にして、これは音楽のガラパゴス現象だと僕は思う。アジア諸国で人気を得ることはあったにせよ、長い間、日本人が目標としていた欧米でのヒットは、ガラパゴス化によって消えた。昭和の坂本九、サディスティック・ミカ・バンド、YMOなどのように欧米のチャートにJ-POPがランクインすることは無くなった。

 平成は、まずは昭和の終わりに登場したCDが普及した。平成11年3月発売の宇多田ヒカルのデビューアルバム「ファースト・ラヴ」は翌年1月末までに、日本レコード協会によると、約854万枚出荷され、この記録は未だ破られていない。その他、サザンオールスターズ、グローブ、B’z、竹内まりやなど数多くのマルチミリオンセールスが生まれ、平成初期から中期はCDバブルの時代とも言えた。

 CDバブルを変えたのは、音楽配信の普及だった。音楽をネット上からダウンロードしながら、スマートフォンなどからヘッドホンで聴くCDレス時代が始まった。MP3というCDより音を圧縮した音源なので、音質は落ちるが、その手軽さ、便利さゆえに爆発的に普及した。ある大手レコード会社の幹部によれば、その会社の現在の売り上げの9割は配信が占めるという。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ