PR

エンタメ エンタメ

【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(3)あるいは恋が実るかも

寅次郎の「代理プロポーズ」シーンの撮影に臨む八千草薫と渥美清=昭和47年12月11日、東京都江東区の亀井戸天神境内
寅次郎の「代理プロポーズ」シーンの撮影に臨む八千草薫と渥美清=昭和47年12月11日、東京都江東区の亀井戸天神境内

 寅次郎の恋が実ったらシリーズは終わってしまう。男はつらいよ48作品は長大シリーズとしてギネスブックに載っているようだが、山田洋次はよくぞ四十八手の愛の出会いと別れを考えたものだと感心する。美女との出会い、熱愛、失恋を、通り一遍のものにしては新鮮さを維持できない。いつか寅の愛情物語は、失恋らしからぬ別れというパターンも出てくる。

 第10作『寅次郎夢枕』(主なロケ地・山梨県)は、寅の恋が実りそうになり、慌てて身を引いて逃げ出す異色の展開となる。

 とらやに東大助教授(米倉斉加年)が下宿。このセンセイが寅の幼なじみの千代(八千草薫)に恋をする。だが学問の天才でも恋愛には弱い。「僕はね、今までに恋を研究したことがないもんだからよく分からないんです」。

 センセイの告白を聞いた寅、その道では百戦錬磨である。自分も千代にぞっこんであるのに、侠気(おとこぎ)を発揮して恋の使者になる。センセイの代理でプロポーズする。ところが千代は寅自身からの求愛だと勘違い。

 「私ね、寅ちゃんと一緒にいると、なんだか気持ちがホッとするの。寅ちゃんと話しているとね、ああ私は生きてるんだなァって、そんな楽しい気持ちになるのよ。寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいいって…」

 寅は千代の気持ちを聞いてびっくり、千代の思いを受け入れる心の準備などできていない。千代は代理告白だと知ってがっくり。寅の狼狽ぶりに事情を察して結局「冗談よ」とごまかし、まずは寅の失恋とあいなる。

 寅の誇張した動作と、真剣に迷う千代の様子のちぐはぐがおかしい。渥美清はコメディとして演じ、八千草薫は女心のリアルな演技に徹する。

 画面に見入る観客は複雑である。寅の勘違いに大笑いだが、千代の真心のこもったことばには感動する。あるいは恋は実るかもしれないと思う。情感のこもる愛のシーンであるが、寅が驚いて尻もちをつくとき、観客の緊張感は一瞬にして崩れ、笑いがはじける。リアリティのあるコメディというべきか。

 「しっとりとした情感」と「乾いた笑い」との混合が、シリーズに永遠ともいえる生命力を与えている。

【プロフィル】

 吉村英夫(よしむら・ひでお)

 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。 

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ