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平成とともに進化した携帯型ゲーム機

 玩具メーカー「任天堂」(京都市南区)が携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」(GB)を発売したのは平成元年。GBは新時代の幕開けとともに世に送り出され、国内外で販売台数1億台以上を記録するヒット商品となった。それから30年。日本の技術力や発想力の象徴として世界を魅了したその“遺伝子”は、平成の世に進化を続け、さまざまな形で次の時代に受け継がれていく。(山本考志)

 約5センチ四方のモノクロ画面に広がるGBの世界は、子供から大人までをとりこにした。開発者の一人、元任天堂社員の岡田智さん(72)=京都市伏見区=は「『必ず売れる』と自信を持っていたが、あれほどヒットするとは」と懐かしむ。

 岡田さんによると、同社の家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」が人気を誇った昭和60年代初頭、GBの開発チームが発足。開発第一部部長だった故横井軍平さんら約20人態勢で、岡田さんは企画・開発を担った。

 同社は55年に携帯型ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」を発売。こちらも子供たちの人気を博したが、ソフトが内蔵型のため、楽しめるゲームは1種類。開発チームは、ゲームソフトを交換して多様なゲームが楽しめる「持ち運びできるファミコン」を目指した。

 そして平成元年4月、GBを発売。同年6月にリリースされたパズルゲームソフト「テトリス」のヒットで一気に普及すると、8年には後にシリーズ化される「ポケットモンスター赤・緑」が発売され、GBは国内外で累計1億1869万台を販売した。

 この間、ゲームギア(セガ)▽ネオジオポケット(旧SNK)▽プレイステーション・ポータブル(ソニー)-など他社も相次いで携帯型ゲーム機に参入し、小型化や液晶をカラー化した機種も登場。任天堂では16年に発売された「ニンテンドーDS」シリーズへと継承された。

 平成の始まりにGBが示した技術力や発想力は、時代が変わろうとする今も継承されている。

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