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【平成史】映画・テレビ 大きく変わりつつある映像作品への関わり方

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恋の「月9」から社会派「半沢」

 平成初頭は、昭和の最終盤に放送された「君の瞳をタイホする!」(63年)などで芽吹いたトレンディードラマが、一気に開花。「東京ラブストーリー」(平成3年)や「101回目のプロポーズ」(同)といった高視聴率ドラマを次々生み出した。

 「東京…」や「101回目…」が放送された月曜午後9時枠は、「月9」というブランドすら生み出し、話題作の最終回などは、軒並み30%を超す視聴率を獲得した。

 ただ平成のドラマの最高視聴率は「倍返しだ!」の流行語を生んだ「半沢直樹」(25年)、3位にも「家政婦のミタ」(23年)と、トレンディードラマとは一線を画す、平成後期のドラマが名を連ねる。

 バラエティー番組では、昭和後期のバラエティーの雄だった「オレたちひょうきん族」が平成元年に終了。代わって、同年放送開始の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」や昭和63年10月放送開始の「とんねるずのみなさんのおかげです。」といった、タレントだけでなく、スタッフをも巻き込んだ形でのバラエティーがもてはやされるようになった。

 一方、平成15年に始まった地上波デジタル放送が、24年3月にアナログ放送から完全移行するなど、技術の進展も加速してきた。その一つで、元年に始まったBSやCS放送による多チャンネル化は、地上波放送の相対的な視聴率低下にもつながってきた。

 近年では通信網の発達から、アマゾンやネットフリックスといった動画配信サービスも盛んとなり、若年層を中心にテレビ離れが進んでいるともされている。(兼松康)

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