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手塚治虫没後30年 今も読み継がれる「漫画の神様」

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 手塚作品は海外のファンにも読み継がれている。松谷社長は「漫画が本当に好きだった手塚は、『漫画とアニメは国境を越える』『素晴らしさを子供だけではなく、大人にも伝えたい』と生前繰り返していた。だからこそ必死になって表現方法やストーリーを磨き、漫画を描き続けたのでしょう。もし生きていたら、今ごろスマートフォン向けの作品にも挑戦していたのでは」と話している。

【プロフィル】手塚治虫

 てづか・おさむ 昭和3年11月3日、大阪府生まれ。本名・治。21年、大阪大在学中にデビュー。子供向け作品から生きる意味を問う作品までジャンルを問わず執筆し、生涯で700超の作品、15万枚の原稿を描いたとされる。産経新聞でも「青いトリトン」(後に「海のトリトン」に改題)などを連載。初の国産テレビアニメシリーズ「鉄腕アトム」を製作するなど、日本アニメ界にも多大な影響を与えた。平成元年2月9日、60歳で死去。

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