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【桂歌丸さん死去】三遊亭小遊三さんらが泣き笑いの会見「もう口きかないと思うと、本当にさみしい」

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【桂歌丸さん死去】
三遊亭小遊三さんらが泣き笑いの会見「もう口きかないと思うと、本当にさみしい」

亡くなった桂歌丸について、在りし日の思い出話で盛り上がる(左から)春風亭昇太、三遊亭小遊三、桂米助、桂歌春=東京都新宿区の芸能花伝舎 (撮影・佐藤雄彦) 亡くなった桂歌丸について、在りし日の思い出話で盛り上がる(左から)春風亭昇太、三遊亭小遊三、桂米助、桂歌春=東京都新宿区の芸能花伝舎 (撮影・佐藤雄彦)

 歌春さんが「また回復して、いつものように高座ができると思っていた。本人もそのつもりで弟子に小言を言っていた」と話すと、米助さんが「弟子には厳しかった。弟弟子とか、他の人の弟子にはそんなことなかったけれど」としみじみ。昇太さんが「(年下にも関わらず)僕にはいつも丁寧語だった。弟子でなくて良かった」とおどけると、小遊三さんが「弟子になっていたら(厳しくて)今ごろ落語家を辞めていたよ」と笑った。

 4月下旬に危篤状態に陥った際は、駆けつけた米助さんが「師匠!」と大声で呼びかけ、歌丸さんを彼岸から引き戻したという。歌春さんは「師匠は『臨死体験したけど、誰かがやたら大きな声で呼ぶんだよ』と言っていた。米助師匠は命の恩人なんです」と紹介。米助さんは「役に立ったのに、大きな声出すなって病院で注意されたんですよ。酒も入っていたし」と笑わせた。

 危篤後の歌丸さんについて、歌春さんは「弱音を言うような師匠ではなかったが、弟子に『苦しい、楽にしてくれ』と言ったこともある」と明かした。「『また高座上がるんだから、お客さんが待っているんだから、だめですよ』と返したが…本当に苦しかったと思う」と振り返り、「呼吸器のせいで、鼻の頭がすれていた。全部解放されて『お疲れさまでした』と声を掛けました」と話した。

 会見の最後、集まった報道陣が集合写真を撮ろうとしたとき、4人は「どんな顔すればいいの?」と聞いて、泣き笑いだった。

 11日に横浜市の妙蓮寺で告別式が行われる。

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