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映画「サタデー・ナイト・フィーバー」日本公開から40年 〝フィーバー〟は永遠に

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永遠のフィーバー

 「異次元のディスコだ」。映画館で鈴木さんは目を見張ったが、「日本にも、いずれこういうディスコが出てくるだろう」。予感は当たった。映画がヒットし、若者がディスコに押し寄せた。1000人超が踊れる大型施設が、新宿の歌舞伎町にみるまに増えた。照明など設備も豪華になった。

 「ディスコは大衆化し、健全な娯楽施設になりました。とんがった人、不良のたまり場だったのが、あの映画のヒットで瞬時に変わった。歌舞伎町は、足の運びやすい場所になった。都内なら青山や原宿にもディスコができた」 

 60年以降、高級ディスコチェーンのマハラジャが全国展開し、お立ち台、ボディコンなどディスコ発の風俗はバブル経済の象徴になり、バブルの崩壊とともにブームも弾けた。

 今、ダンスの店は「クラブ」と呼ばれる。「これ、ディスコじゃないのか」。鈴木さんは、後輩のクラブDJに尋ねたことがある。「客がクラブと認識してきてるんだから、クラブっす」。そうなのかもしれない。

 鈴木さんは足場をラジオDJに移したが、「あれから40年という感慨のようなものはないです。今でもダンスミュージックが好きで、聴き続けているからでしょうか」と話す。

 平成20年にレコード会社を退いた塩田さんは、「あのサントラ盤は、手がけた作品の中で最も売れたという意味でも私の誇りです」と目を細める。それぞれのフィーバーは終わらない。(文化部 石井健)

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