PR

エンタメ エンタメ

【産経新聞創刊85周年】対談 秋元康氏×飯塚浩彦・産経新聞社長 新聞は「苦い良薬」

Messenger

 昭和8(1933)年6月20日に創刊した産経新聞は85周年を迎えた。時代におもねらず、正しいと信じたことを伝える「モノを言う新聞」として歩んできた。インターネットの台頭で新聞など活字メディアを取り巻く環境は厳しいが、これからもメディア業界で存在感を示し続けなければならない。作詞家、プロデューサー、クリエーターとして、メディアの一線で活躍を続ける秋元康氏と、産経新聞社の飯塚浩彦社長が「これからの時代に求められるメディア」をテーマに対談し、産経新聞の未来を探った。

「ぶれずに定点観測続けて」秋元氏

秋元康氏
秋元康氏

 飯塚社長 秋元さんには、平成17年に産経新聞で連載小説「象の背中」を執筆していただくなど、縁が深いですが、産経新聞についてどんなイメージを持っていますか。

 秋元氏 新聞といえば「堅い」、産経といえば「保守的」というイメージですが、これからの時代、「堅い」「保守的」というのはとても大切なことではないでしょうか。新聞の役割は定点観測だと思うんです。常に同じ位置から世相や政治、経済、社会を見続ける。時代に合わせるのではなく、ぶれずに定点観測を続けてほしいです。

 飯塚社長 ぶれないことは大事ですね。流れに迎合しそうになるときも、自身を見つめ直し、世の中におもねらず、産経新聞は書くべきことを書いてきたし、これからもそうありたいと考えています。

 秋元氏 世の中の全てが便利な方、使い勝手が良い方に行ってしまっては、文化が滅びると思うんです。これまでの科学や文明は全て、時間を省略する方向に動いてきました。ところが、お金さえあれば何でもできるという風潮がバブルの崩壊で否定され、省略してはいけないものがあることに気づき始めた気がします。例えば、時間だけはどんなにお金をつんでも買えない。省略していたものの中に、すごく大事なものがあると気づき、一朝一夕に手に入らないものを求め始めたのでは。とすると、インターネットに比べて非常に不便な新聞は、これから力を発揮するかもしれません。

「迎合せず書くべきこと書く」飯塚社長

飯塚浩彦・産経新聞社長
飯塚浩彦・産経新聞社長

 飯塚社長 インターネットの台頭とともに、相対的に新聞の評価は下がりました。速報性ということでは新聞はネットに勝てません。だとしたら、新聞は何を伝えるべきか。手探りの状態が続いています。

 秋元氏 ネットに流れているニュースを読んでいると、記事の根拠や情報の出どころはどこなのか不安になるときがある。フェイクニュースかそうじゃないかを判断する材料がない。でも、新聞は手間のかかる「印刷」という作業によって、ものすごいリアリティーがある。リアリティーは新聞の強みだと思います。ネットの一番の問題は、ウラ(裏付け)を取らないニュースも流れるということです。時代はウラを取る時間より第一報を求める速報性に流れてしまっている。「こういうニュースだったらおもしろい」「こうあってほしい」という記事になることもあり得ます。これではフェイクニュースと紙一重ですよね。手間のかかる作業をいとわない新聞魂、産経新聞魂をどこまで貫けるかです。

 飯塚社長 新聞のよりどころというのは、やはり「信頼」だと思うんです。記者が書いた記事がそのまま出るのではなく、何人もの人がチェックし、校閲したり価値判断をしたりして世に出ていく。ひとつの事実がどういう意味を持ち、どういう展開が予想されるのか分析するのも、私たちの仕事だと思います。私たちは信頼を売り物に、そういう作業を地道にやっていかないといけません。

 秋元氏  紙という物理的な側面に注目すれば、ぼくは新聞は大陸だと思います。新聞がおもしろいのは、こんなニュースがあったという隣に、全然関係ないニュースがあり、まさに地続きで社会を見られること。社会面の殺傷事件が、一見関係ない経済面のニュースに起因しているかもしれないし、実は政治課題につながるかもしれない。全部を読んで、社会が分かるわけです。ところが、ネットは瞬間だけ、ヘッドラインニュースだけをピックアップする。そこから広げていければいいのですが、多くの場合は点のままですよね。新聞という大陸の優位性をどこまで伝えていけるかです。

 飯塚社長 新聞とネットを食事に例えると、ネットは、自分の好きなものだけを食べにいく偏食ですよね。でも、新聞は意識していなくてもつい隣の記事を読んでしまう。関心がなかったものを読むことが続いて、いつの間にかバランス栄養食品のように上手に情報を取り込める。

 秋元氏  問題は、産経新聞だけでなく、どこの新聞社もそうなのですが、新聞の優位性、良さを伝えるすべがないこと。

 飯塚社長 確かにPRが下手くそで。読んでもらうきっかけを作る努力をしないといけないですね。一般に広く読まれるように、新聞の堅いイメージを変えていく方がいいでしょうか。

 秋元氏  でも、時代にこびない方が良いんじゃないでしょうか。例えば、食事でもカロリーが低いものがもてはやされている今の時代だからこそ、高カロリーの食事が、これから求められるんじゃないかという気もするんです。軽佻(けいちょう)浮薄な、軽いものが受ける時代ではあるのですが、重いもの、堅いものも必要なんです。どこかで流れを変えなきゃいけないとすると、例えば、学校の教材として新聞を読まなければならないようにするとか、そのくらいのことをやっていかないとだめなんじゃないかと思いますね。

「新しいことに挑戦する社風」飯塚社長

飯塚浩彦社長
飯塚浩彦社長

 飯塚社長 確かに産経新聞に限らず、新聞全体が読まれなくなっていることに非常に危機感を持っています。果たしてこれでいいのかと。

 秋元氏  昔の学生というのは圧倒的に勉強していたんだと思います。現代の人間は食事でいうと、堅いものをかまなくなったといわれますが、それと同じことが脳にも起きているんじゃないかと思うんです。理解できなくても食らいつく。読みたくないものも読む。そうした習慣を身に付けないと、堅いものをかまなくなった人間のあごと同じように、変形をきたすんじゃないでしょうか。

 飯塚社長 歯ごたえのある紙面は必要ですよね。でも、ネットの台頭で新聞の影響力、世の中を動かす力は相対的に落ちてきています。影響力についてどう考えますか。

 秋元氏  大衆を扇動する力、皆が好みそうなことを言って従わせる力も影響力かもしれないですが、皆が好まないことを伝えて影響を与えなきゃいけないこともあるじゃないですか。それが新聞の役割だと思うんです。新聞は「良薬は口に苦し」なんですよ。エンターテインメント界の悪い影響かもしれないですが、人はおもしろそうだという方に集まってしまう。柔らかいもの、低カロリーのものも良いけれども、カロリーが高いとか堅いとか、味がないものもちゃんと食べなきゃいけないんじゃないかなという気がします。新聞を簡単に楽しく読めると思うなよと。

 飯塚社長 産経新聞は言いにくいことも言っていかないといけないというのを一つのあり方にしています。われわれはまさに苦い薬でありたいですね。秋元さんが、好きなように産経新聞の紙面を作っていいといわれたらどうしますか。

 秋元氏  紙面はいじらないと思います。産経新聞は、どこか不器用な編集魂、記者魂でずっと作ってきたものだから。カロリーの高い昔ながらのフレンチを作っている料理人に、時代に合わせてもっとライトにしてほしいと言ったら、もともとのフランス料理の味が落ちてしまう。そうじゃなくて、今の時代に合わない高カロリーのフランス料理を今こそ食べよう、355日ダイエットしてでも、どうしても食べたい料理として、産経新聞を売り出していきたいと思います。

 飯塚社長 産経新聞をどう売り出せばいいのか。秋元さんにプロデュースしてもらうとすれば。

 秋元氏  まずは「本当は楽しくおもしろく皆がドキドキするような痛快エンターテインメント新聞にしたいのだけれど、これだけは言っておかないといけないから言っているんですよ」という、大前提を作らないと。父親なのか母親なのか先輩なのかは分からないけれど、自分のことを思って言ってくれているんだという大前提がないから、「説教くさいことはいらない」と若者は離れてしまうんです。今の若い人たちは説教くさい新聞は読まないし、苦い薬も飲まない。良薬を飲まなくても、産経新聞を読まなくても、人生は変わらないと思っている。でも苦い薬を飲むと体質が変わるんだということを、リアルに感じてもらわないといけない。

 飯塚社長 別の新聞をずっと読んでいたある人に「産経新聞を読んでみると、自分が思っている通りのことが書いてあるけど、新聞がこんなこと書いていいの?」と言われたことがあります。産経新聞はおもねらずに主張すべきことをズバリと書いているということをもっと広く知ってもらわなければいけないと思いました。知られていないということは存在していないことと同じ。特に若い世代に知ってもらいたいですね。

 秋元氏  新聞を読まない人たちは、新聞そのものをある種の「出来レース」だと思っている。新聞各紙がすべて政治について「でかした」とほめることなんてない。若い人たちは新聞に「いつも文句ばかり言っているおじさんたち」というイメージを持っているんだと思います。誰が首相になっても、どの政党が政権をとっても、ああだこうだと文句ばかり。それならそこに参加しなくてもいいんじゃないかと思ってしまうんじゃないでしょうか。

 飯塚社長 60歳の秋元さんの周りには新しい発想の若い人がたくさん集まってくる。85歳の産経新聞の周りにも若い人たちに集まってもらいたいのですが。

 秋元氏  若い人はいったい何を考えているのだろうかと、ぼくが興味を持っているからだと思います。それと、世の中には大事なものがあるんだと教えたいという、60歳の初老の責任のようなものも感じるんですよ。心から新聞を読んでほしいと思うのもそういう思いがあるからなんです。

 飯塚社長 若い人に読んでもらうためのきっかけを作りたい。そのためにも、今までにないコンテンツを生み出していかないといけないと思っています。

 秋元氏  でも、難しいですよね。頭の固い人たちがおもしろいことをやろうとすると目も当てられなくなります。女子高生にグループインタビューをしたり、若い人を産経新聞特別顧問にして自由に意見を言ってもらったりしても、絶対にうまくいかないですよ。やるだけで満足してしまうんです。誰かにアイデアを出してもらってやっても点で終わってしまい、線につながらない。産経新聞は85歳ですが、細胞は入れ替わって、毎日更新されてアップデートされていますよね。当事者が危機感を感じて変えないとだめだと暴れるから、細胞はよみがえるんです。産経新聞の優位性というのは、多少暴れても「堅い新聞」という重しがあること。この重しがないとダメなんです。

 飯塚社長 堅いイメージの産経ですが、意外にも日本の新聞で最初に婦人面を作ったり、タブロイドの「夕刊フジ」やフリーペーパーの「サンケイリビング」「メトロポリターナ」を出したりと、85年の歴史を振り返ると、いろいろなことに挑戦してきました。新しいことをやろうという社風は受け継がれています。

「『産経イズム』という原液作る」秋元氏

秋元康氏
秋元康氏

 秋元氏  オセロの四隅を取るような、これで勝てるという作戦はないんです。連打しなきゃいけない。産経新聞がある日突然、若い人たちに急激に読まれるようになる魔法はないんです。やり続けないと勝てない。空振りなんか気にせず、連打する。もうひとつは、今あるものの中に必ず兆しがあるということ。産経新聞の隅から隅まで、おもしろいことがないかを探すことです。

 飯塚社長 世の中の人に知ってもらうという意味では、これまでは新聞の発行部数イコール影響力だったんです。ところが、ネットの時代になって、部数は関係なくなったんですね。産経新聞社が昨年開催した「怖い絵」展は約70万人の来場者を集めました。昨年の紅白歌合戦に出場した大阪府立登美丘高校ダンス部も、うちが主催する日本高校ダンス部選手権をネットの動画ニュースで配信して一躍知られるようになりました。コンテンツさえおもしろくて火が付くと、わっと広がる時代になったと実感しました。

 秋元氏  昔はレストランを経営しようとしたら、都会とか場所の優位性がすごく大事だったわけです。今の時代は、山奥だろうが仕掛けがあればどこでも一緒。部数が大量にあるから人の心をつかむとか、視聴率の高いテレビ番組で発信したら世の中が動くとかじゃない。そういう意味ではすごくおもしろい時代です。ぼくはよくコンテンツを“カルピスの原液”に例えるんですが、「産経イズム」という“カルピスの原液”さえあれば、あとはどうやって薄めて広げるかです。一番強くて濃い原液を作れば、部数なんか関係なく、ネットのどこかにポツンと一滴垂らしたら、産経イズムは広がっていきます。

 飯塚社長 そうですね。昨年は2つのヒットからそのことに気付かされました。部数じゃない、いろいろやってみようと。ただ、意図的に仕掛けてもうまくいかないんですよね。

 秋元氏  でも仕掛けないと何も始まらない。難しいのは、何をやってもいいんだとめちゃくちゃ振るのでは単なる空振りです。ベストセラーって思いがけないところから生まれます。30年以上前に小学館が出した日本国憲法を大きな活字と写真を使って紹介した本が大ヒットしロングセラーになっています。ああいうことが新聞の紙面の中に埋蔵金のように眠っていると思います。政治や経済を紙面でおもしろくするのは難しいじゃないですか。それなら原液をどう伝えるか。産経新聞をパネルに貼り付けて、それをおもしろく解説してくれる人を見つければ勝ちですよ。

 飯塚社長 「きょうの産経新聞」ですね。

 秋元氏  皆が明日の池上彰先生や林修先生を探しているけれど、ぼくが考えているのは、おもしろい一般人の解説。タクシーの運転手さんが「俺はこう思うんだよ」と勝手に話すのがいいかもしれないし、居酒屋のおやじでもいい。天才的な知識を持った小学生の解説委員が生まれるかもしれない。そういう奇跡が求められているんです。

 飯塚社長 おもしろい発想ですね。

「奇てらわぬ『ハイボール作戦』はいかが」秋元氏

 秋元氏  ベースとなるのは、奇をてらわないこと。何もてらわない、産経新聞がそこにあるということです。美空ひばりさんのアルバムをプロデュースしたときに、ロックを歌ってもらうとか奇をてらうのは簡単でした。でも、美空ひばりさんという人は何も変わらないで、それをどう伝えるかがプロデューサーのぼくの役目。若い人にどうやったらもっと伝えられるかと考え、演歌でもフォークソングでもない、ギリギリのところが「川の流れのように」だったんです。

 ぼくがよく言う「予定調和を崩す」というのは、奇をてらうことじゃないんです。選択肢を排除しない、「あり得ない」と思って排除しないことです。産経新聞が今やらなければならないのは、あり得ないことです。産経新聞を今の時代に合わせたポップな紙面にするのが大事なんじゃなくて、産経新聞は変わらないけれど、伝えたり解説したりする人があり得ない人であるとか。ハイボールはウイスキーを炭酸で割っただけで何も変わっていないのに、若い人たちに支持されている。それになぞらえて、「産経新聞ハイボール作戦」はどうでしょうか。

 飯塚社長 しっかりした芯を大事にしながら、いろいろ変化していく。100年に向けておもしろいことがいろいろできそうな気がします。ありがとうございました。

 あきもと・やすし 作詞家。昭和33年5月生まれ。高校時代から放送作家として頭角を現し、数々の番組構成を手掛ける。58年以降、作詞家として美空ひばり「川の流れのように」をはじめ、AKB48「恋するフォーチュンクッキー」、乃木坂46「インフルエンサー」などヒット曲多数。平成20年日本作詩大賞、24年日本レコード大賞・作詩賞、25年アニー賞・長編アニメ部門音楽賞を受賞。テレビ番組の企画構成、映画の企画・原作(『着信アリ』ほか)、CMやゲームの企画など活動は多岐にわたる。著書に小説『象の背中』ほか多数。AKB48グループと乃木坂46、欅坂46の総合プロデューサー。東京芸術大学客員教授も務める。

 いいづか・ひろひこ 昭和32年9月生まれ。滋賀大経済学部卒。56年産経新聞社入社。大阪本社編集局社会部で大阪府警、大阪府庁などを担当。広島支局長、大阪本社編集局社会部長、大阪本社編集局長、東京本社編集局長、専務などを経て、平成29年6月から社長。兵庫県出身。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ