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「欽どこ」真屋順子さん死去 欽ちゃん、悲痛な思いから「コメントは偲ぶ会まで差し控えたい」

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「欽どこ」真屋順子さん死去 欽ちゃん、悲痛な思いから「コメントは偲ぶ会まで差し控えたい」

1982年に撮影した「欽どこ」ファミリー。“お母さん”の死に悲しみに暮れている 1982年に撮影した「欽どこ」ファミリー。“お母さん”の死に悲しみに暮れている

 1976年から86年まで放送されたテレビ朝日系「欽ちゃんのどこまでやるの!」のお母さん役で人気を博した女優、真屋順子(まや・じゅんこ、本名高津詔子=たかつ・しょうこ)さんが、昨年12月28日に死去したことが5日、分かった。75歳。葬儀・告別式は近親者で済ませた。「欽どこ」で真屋さんと夫婦を演じたタレント、萩本欽一(76)は悲痛な思いからこの日はコメントは出さず、後日に行われる偲ぶ会で愛妻にお別れの言葉を贈る。(サンケイスポーツ)

 2000年から闘病していた「欽どこ」の“お母さん”が力尽きた。

 昨年12月28日に死去した真屋さんの所属事務所によると、死因など詳細は明かしておらず、葬儀・告別式は近親者で済ませたという。後日、「欽どこ」のスタッフと親族で偲ぶ会を開く。

 同番組で夫を演じた萩本の所属事務所によると、訃報は昨年末に聞き、本人は落胆。真屋さんの入院中は何度も見舞いに訪れたが、死去後は家族葬に配慮して弔問を控えており、事務所関係者は「コメントは偲ぶ会まで差し控えたい」と悲痛な胸中を代弁した。

 「欽どこ」で真屋さんの三つ子の娘、わらべのかなえ役を演じた歌手、倉沢淳美(50)は、ドバイの自宅から国際電話でサンケイスポーツの取材に応対。

 同10月末に真屋さんを見舞ったといい、「話をしようとするとせきが出てつらそうだった。帰るときに『帰らないで』と声を出してくれて、『また来るね』って約束したのに…」と声をつまらせた。「看護師さんから見栄晴さんや欽ちゃんがよく来ていると聞いた。真屋さんは家族を見ると元気になるので、うれしかった」と振り返った。

 真屋さんは1961年に俳優座養成所に入所し、76年から「欽どこ」に萩本と夫婦役で出演し、人気を博した。

 私生活では69年に俳優の高津住男さん(享年74)と結婚。00年末に脳出血で倒れ、左半身まひなど後遺症が生じたが、03年の舞台「出雲の阿国」に車いす姿で復帰。04年に脳梗塞を発症するも、05年に再び同舞台で復帰した際は、つえをつかずに立ち上がって観客を驚かせた。

 講演活動も積極的に行うなど不屈の精神で頑張ってきたが、2010年に夫が亡くなると心不全に。11年には大動脈瘤(りゅう)の大手術を受けた。昨年7月のTBS系「爆報! THE フライデー」に、ほぼ寝たきりで出演したのが最後となった。

 17年間の闘病生活を全力で生きた真屋さん。明るく優しい母親像を多くの人の心に刻み、静かに天国へ旅立った。

 ■真屋順子(まや・じゅんこ)

 1942(昭和17)年1月8日生まれ、大分県出身。高校中退後、松竹歌劇団に入団。61年に俳優座養成所に入所し、64年のNHK大河ドラマ「赤穂浪士」でテレビ初出演。77年の時代劇ドラマ「人形佐七捕物帳」の演技が評価され、同年度の京都市民映画祭テレビ映画部門女優賞を受賞している。1メートル56。

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