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【追悼・京唄子さん】波乱万丈… それでも決して吐かなかった弱音 演芸プロデューサー・沢田隆治

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【追悼・京唄子さん】
波乱万丈… それでも決して吐かなかった弱音 演芸プロデューサー・沢田隆治

昭和40年代半ばの京唄子さん(左)。鳳啓助さんとのコンビは離婚後も長く続いた 昭和40年代半ばの京唄子さん(左)。鳳啓助さんとのコンビは離婚後も長く続いた

 娘役で女剣劇の一座にいたとき、「必ず女座長として看板を揚げてやるから」と約束をした鳳啓助さんと漫才コンビになった京唄子さんが私の前に現れたのは昭和33年。啓助さんの運転する緑色のフォルクスワーゲンで私が働くテレビ局の玄関へ乗り付けたのだ。

 当時、漫才師で自家用車を乗り回すコンビはいなかったため、「先輩からかなりいびられた」と聞いたが、舞台で刀や槍(やり)を振り回す“剣劇漫才”には衣装やかつらもあり、「車がないと仕事にならない」と気にもしていなかった。

 寄席の狭い舞台でも、巧みに長いものを振り回す見事な殺陣を見せる美人の唄子さんと、“言いそこ間違いギャグ”の啓助さんとのコンビはたちまち若手の注目株となった。

 大阪にテレビ局が増え、千日劇場での啓助さん作、唄子さん主演のチャンバラコメディーは中継されるようになった。「面白い」と関西テレビでシリーズ化されるなど、順調にスター街道を歩み出したと喜んでいたら、激しい立ち回りで唄子さんが大けがをして長期休養。

 そんなときに啓助さんの女性問題で離婚。さらに、唄子さんの再婚や離婚など、その都度、大きな話題になった。どうなるかと心配もしたし、唄子さんから相談されたりもした。

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