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【話の肖像画】声優・清水マリ(3)出産降板で「声違う」と局に殺到

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【話の肖像画】
声優・清水マリ(3)出産降板で「声違う」と局に殺到

虫プロの庭でくつろぐ手塚治虫(右)と=昭和38年、東京都練馬区

 〈「2年間は子供を作らないで」。結婚していた清水さんに、「鉄腕アトム」のスタッフは番組開始前、こう要望していた。しかし…〉

 1年2カ月が過ぎた頃に体調がおかしくなり、新劇の舞台の合間にお医者さんに行くと「おめでたですよ」と。フジテレビのディレクターにそのことを報告したときの驚いた顔が忘れられません。アトムの放送開始が昭和38年1月1日で、出産予定日はちょうど2年後の40年1月1日。「ぎりぎりまで頑張れば、2年の約束は守れる」と思い、それでも「少しでもため撮りはできませんか」とお願いしました。手塚治虫先生は「できるだけ努力はしましょう」と答えてくださいました。収録では大きなおなかで「エイッ」「ヤアー」とやっていたので、お茶の水博士役の勝田久さんたちからは「スタジオで産むなよ」とからかわれていました。

 〈妊娠9カ月まで頑張ったが、ついにドクターストップ。代役を立てて降板した〉

 これで私のアトムの仕事も終わりになると覚悟しました。代わりの人は俳優座養成所で同期生だった田上和枝さんで、声もよく似ていたし、この人にならと安心して任せることができました。

 ところが、放送を見た子供たちが大勢、「アトムの声が違う」とフジテレビに電話をかけてきたんです。困ったフジのディレクターが「いつ生まれるんだ」「一刻も早く出てこい」と(笑)。結局、出産前の4本、出産後の4本の計8本休んだだけで、復帰することになりました。子供たちの声がなければ、私がアトムを続けることはなかったでしょうね。

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