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【ZOOM】「イムジン河」その源流をたどる

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「イムジン河」その源流をたどる

CD「臨津江物語」のジャケット

 ■在日2世の音楽プロデューサーが自主制作CD

 南北分断の悲劇を歌った「イムジン河(がわ)」ほど政治に翻弄された曲もないだろう。元は北朝鮮のソプラノ独唱曲。1960年代後半に起きたレコード発売中止騒動のとき、当事者のひとりだった音楽プロデューサーが「原点に還(かえ)りたい」と初演の再現演奏や“幻のレコード”など16の同曲を集めた集大成のCDを自主制作した。9月3日には東京で記念コンサートも開催される。(喜多由浩)

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 CDのタイトルは「臨津江(リムジンガン)物語」(3千円)。制作した在日2世の音楽プロデューサー、李●雨(リチョルウ)(75)は、昭和43(1968)年、ザ・フォーク・クルセダーズ(フォー・クル)のレコード発売中止騒動(詳細は別項)が起きたとき、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)側の担当者として交渉に当たったひとりだ。

 ◆2つのバージョン

 「イムジン河」(北朝鮮での原題は「リムジンガン」)は昭和32(1957)年、北朝鮮国歌を作った朴世永(パクセヨン)が作詞、高宗煥(コジョンファン)が作曲した。翌33年、「共和国(北朝鮮)創建10周年記念放送夜会」(平壌)で、ソプラノ歌手のユ・ウンギョンによって初演されている。

 だが、この原曲とフォー・クル版ではメロディー、リズムが3カ所違う。騒動時に、この違いを協議する前に、レコード会社側が発売中止を決めてしまったため、これ以降「2つのバージョン」の同曲が存在することになった。

 例えば、原曲に忠実なのがキム・ヨンジャやザ・フォーシュリークなど。一方、再結成されたフォー・クルや都はるみなどは43年のフォー・クルバージョンのままだ。フォー・クルの元メンバーで平成21年に死去した加藤和彦は、「『イムジン河』に命を与えたのは、我々(われわれ)であると思う。イムジン河であって、リムジンガンではない」(同曲の訳詞者、松山猛著「少年Mのイムジン河」)などと主張していたという。

 現在は総連を離れている李は、広く曲を知らしめたフォー・クルの功績を認めながらも、「やはり原曲に忠実にあるべきではないか。ライフワークとして、40年以上集めてきた音源を集大成し、次代へと伝えたいと思った」と話す。

 ◆初演時の演奏再現

 今回、CDには、昭和56年に平壌で作曲者の高が立ち会い、初演時の演奏を再現した音源が初収録された。高のアドバイスで演奏やテンポ、雰囲気をそっくりよみがえらせたという。

 また、レコード発売中止騒動後の44年、ザ・フォーシュリークが吹き込んだ「リムジン江」は、大手レコード会社から販売を拒否され、コンサート会場で“手売り”した「幻のレコード」とされている。収録16曲のうち半分は初公開だ。

 CDのブックレットには、作曲者・高による直筆楽譜や、同曲が初収録された北朝鮮の歌集「八月の歌」の楽譜など、貴重な資料も盛り込まれている。

 記念コンサートも

 「臨津江物語」発売記念コンサートは、9月3日午後6時半から、東京・文京シビックホールで(3千円)。問い合わせは同コンサート事務局(電)042・483・8142。CDの問い合わせはコリタメ(電)050・3536・7755。

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【用語解説】ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」レコード発売中止騒動

 昭和43年2月、作詞、作曲者不明の朝鮮民謡として発売しようとしたレコード会社側に対し、朝鮮総連が「朝鮮民主主義人民共和国」という正式国名と作詞・作曲者名をクレジットすることを求めて抗議。レコード会社側はトラブルを恐れて一方的に発売中止を決めた。その後、放送禁止の曲のリストに入れられ、長くタブー視された。

 北朝鮮の原曲とフォー・クル版の違いは、在日朝鮮人の生徒からフォー・クル版の訳詞(一部創作)をした松山猛へ、さらに元フォー・クルの加藤和彦へと伝わる際に生じたという。

 松山の体験をモチーフに井筒和幸監督、沢尻エリカ主演で製作された映画が平成17年に公開されヒットした「パッチギ!」だ。

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