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【ニッポンの分岐点】アイドル(1)偶像の誕生 テレビと若者文化の幕開け

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【ニッポンの分岐点】
アイドル(1)偶像の誕生 テレビと若者文化の幕開け

 若者を中心に多くのファンを魅了し、時代を彩ってきたアイドル。日本でその呼称が定着したのは昭和40年代の「新三人娘」ブーム以降だが、アイドルの萌芽(ほうが)は30年代から活躍した双子デュオ、ザ・ピーナッツにも認められる。偶像が生まれた背景には、テレビ文化の発展と、新しい音楽文化を希求する情熱があった。

 ■“新勢力”の結束

 皇太子殿下と美智子さまのご成婚パレードが放送され、テレビが急速に普及した34年、フジテレビ系「ザ・ヒットパレード」は始まった。デビュー間もないザ・ピーナッツがレギュラー出演し、絶妙なハーモニーによる和製ポップスを浸透させた音楽番組だ。

 仕掛け人は、フジのディレクターだった作曲家のすぎやまこういちと、渡辺プロダクション創業者の渡辺晋(しん)。渡辺プロが多額の番組制作費を肩代わりする形で始まったが、晋と妻の美佐(現渡辺プロダクショングループ代表)は「絶対にお茶の間に受け入れられる」と確信していた。

 渡辺夫妻は、名古屋から上京してきたザ・ピーナッツを自宅に住まわせ、レッスンを積ませてきた。注力したのは歌だけでなく、振り付けや衣装など「いかに楽しく見えるか」という人々の「目」を意識した娯楽性。音楽と映像を同時に楽しめるテレビ時代を見据えた訓練は功を奏し、番組は大ヒットした。

 ザ・ピーナッツは日本テレビ系「シャボン玉ホリデー」などの番組にも出演し、一躍人気者に。司会やコントもこなす一方、映画などにも出演するマルチタレントぶりで新時代のエンターテイナーとしての地位を築いていく。

 美佐は語る。

 「ザ・ピーナッツはテレビを通じてたくさんの人に愛された。2人が新しいエンターテインメントの形を見せたことで、後のアイドルが生まれる環境が整っていったのかもしれません」

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