【西城秀樹さん通夜】「男らしい後輩だった」和田アキ子さん、目頭押さえ - 産経ニュース

【西城秀樹さん通夜】「男らしい後輩だった」和田アキ子さん、目頭押さえ

西城秀樹さんの通夜に姿を見せた和田アキ子さん=東京都の青山葬儀所(撮影・中井誠)
斎場前に飾られた西城秀樹さん(中央)と共に「新御三家」と呼ばれた郷ひろみさん(左)、野口五郎さんが並んだ写真=25日午後、東京都港区の青山葬儀所
西城秀樹さんの通夜で祭壇に掲げられた西城さんの遺影=25日、東京都港区の青山葬儀所(中井誠撮影)
昭和49年に日本人のソロ歌手として初めて野球場公演を行った西城さんにふさわしく、野球場を模した祭壇=25日、東京都港区の青山葬儀所(中井誠撮影)
西城さんの通夜で、野球場をイメージした壇祭=青山葬儀所(撮影・中井誠)
 25日営まれた歌手、西城秀樹さんの通夜で、弔問に訪れた歌手の和田アキ子さんは、時折、目頭を押さえながら、次のように話した。
 「辛いですよね。一生懸命リハビリをして、現役でいることにこだわりを持つ、男らしい後輩でしたが、こんなことになって」
 「レコード会社も一緒でしたし、ただの後輩だと思っていたのですが、(闘病などの)報道を見たり聞いたりして、すごい人だなって。さっき、遺影に向かって『やあ』という感じで、『なんか本当にお前、すごいんだな』って。辛いです」
 「最後に会ったのが、5年前自分の番組(「アッコにおまかせ!」)で。2度目の(脳梗塞の)発症をした後で、リハビリをしている姿をテレビを通じて見てもらい、他人も勇気づけたい。自分も頑張ってる姿を見せたいと」
 「5年前の1月でしたが、信じられないぐらいの大雪で、番組(の収録スタジオ)で1時間ぐらい待ったんですけど、メドが立たない。3時間待って、もう(収録は)なしにすることになった。しかし、私は、楽屋で待った。彼は、結局4時間半かかって来た。そのとき足が不自由だったのに、ずっと車の中にいたんだと思うと、私は顔だけでも見たかった」
 「来て、『おい、大丈夫か』と尋ねた。『うん、ちょっと足、しびれているけどね』と言いながらマネジャーに支えられていた。『みんなが見てるから頑張れ』と言ったら『うん、頑張るよ』と」
 「先輩後輩の関係が厳しい時代でしたが、そういうのも関係なく、『おい、ヒデキ』『ねえアッコさん』と普通に話していた。本当に残念です。こういうことを言っていても今、むなしい」
 「彼が(球場公演の)パイオニアだったなんて知らなかった。外国のタレントさんが(来日公演で)来たときには、彼も必ずいて、そのアーティストがマイクをポンとけって回すようなことをやっていたら、ヒデキもすぐやっていた。『ヒデキ、お前、パクったな』というと、『バレた?』と。そういうのが走馬灯のように出てきちゃって」
 「初めて奥さんとお子さんとお会いしましたが、健やかに育ってほしい」
 「今日、ちゃんとお別れできてよかった。本当にゆっくり休んでください、ですね」