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【オリパラ奮闘記】次の世代につなぐ

聖火ランナーとして福島県須賀川市を走る君原健二さん=3月27日(宮崎瑞穂撮影)
聖火ランナーとして福島県須賀川市を走る君原健二さん=3月27日(宮崎瑞穂撮影)

 3月25日、福島県のJヴィレッジから東京五輪の聖火リレーがスタートしました。2日後の27日、父(メキシコ五輪マラソン銀メダリストの君原健二)が同県須賀川市を聖火ランナーとして走りました。北九州市出身の父が須賀川市を走った理由は、同市が生んだ英雄、円谷幸吉さんとの縁によるものです。

 円谷さんと父は同じ年齢で親友の間柄でした。円谷さんは前回東京大会のマラソンで銅メダルを獲得。次のメキシコ大会で銅メダル以上を獲得することが国民との約束だと、人生のすべてを競技に注ぎ込みましたが、たび重なる故障などもあり、メキシコ大会を前に自らその生涯に幕を閉じることになります。

 親友であった父はメキシコ大会の際に「今日のレースは円谷さんのために走る」と誓い、銀メダルを獲得しました。父の円谷さんへの「想い」は競技から一線を退いた後も続き、須賀川市で開催される「円谷幸吉メモリアルマラソン」へ毎年足を運び、必ず墓参りも行っています。

 父と円谷さんとの絆は特別だと感じていたので、8年前に東京大会が決まった瞬間から、地元北九州市ではなく須賀川市で走ってほしいと願っていました。

 父は「先人から受けたタスキを責任を持って次の世代へ渡す。人生はマラソンよりも駅伝に似ている」と話しています。私が幼少期に父に連れられ、日本マラソン界の父で「いだてん」こと金栗四三さんにお会いしたことを今でも鮮明に覚えているように、今回私の息子たちも須賀川市へ連れて行きました。息子たちの心の中にもきっと何か記憶として残ったのではないかと思います。

 3月27日、父は聖火リレーを間違いなく心の中で円谷さんと一緒に走りました。その表情は、厳格かつ朴訥(ぼくとつ)な人柄で話しかけにくかった父の印象とはまったく違うものでした。冗談で場を和ませ、気配りの人柄で朗らかな印象だったという円谷幸吉さんのように見えました。

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