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飛沫感染対策に室内環境シミュレーション活用 「富岳」プロジェクトに貢献する鹿島のノウハウ 室内のリスク低減

新型コロナウイルス対策を目的とした「富岳」の試行的利用プロジェクトで、多目的ホールの客席での飛沫・微細な粒子(エアロゾル)拡散の様子(提供:理研、神戸大 協力:豊橋技科大、京工繊大、鹿島建設)
新型コロナウイルス対策を目的とした「富岳」の試行的利用プロジェクトで、多目的ホールの客席での飛沫・微細な粒子(エアロゾル)拡散の様子(提供:理研、神戸大 協力:豊橋技科大、京工繊大、鹿島建設)
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 室内に漂う飛沫(ひまつ)の動きをコンピューター上で予測し、気流などを利用してウイルス感染のリスクを低減する━新型コロナウイルスの脅威が続くなか、シミュレーション技術を感染対策に生かす研究・開発が進んでいる。飛沫の飛散経路などリスクを「見える化」しつつ、空調や換気、衝立という多様な対策の効果を評価でき、適切な対応につながるためだ。昨年4月には理化学研究所(理研)を中心に世界最先端の国産スーパーコンピュータ「富岳」を試行利用し、新型コロナ対策に貢献するプロジェクトの一つに選定。建設会社として唯一参画する鹿島は室内環境シミュレーションに長く取り組んできたノウハウを生かし、未知のリスクに立ち向かう。

室内環境の専門家

 「飲食店で最悪のケースは感染者が隣に座った人と会話したとき。飛沫総量の約25%という相当な量を受ける。(隣は)正面の人の5倍になる」。昨年10月、理研の坪倉誠チームリーダー(神戸大教授)が発表したシミュレーションが話題を呼んだ。標準的な4人席(縦0.6メートル×横1.2メートル)を想定し、マスクなしで感染者の正面、斜め前、隣に座った人を比較。1分間の会話で約9000個飛ぶとされる飛沫や微細な粒子(エアロゾル)の到達量をCG動画で可視化しながら、感染リスクの違いを科学的に明らかにした。

 坪倉氏は「隣の席を避けて座る対策の効果は大きいことが分かった」とオンライン説明会で話をしていた。

 このシミュレーションは、新型コロナという切迫した危機に対し、3月から前倒しで本格運用が始まった「富岳」の強大な計算能力を先行活用して迅速な対策につなげるプロジェクトの一つ。理研が文部科学省と連携し、「わが国のあらゆるリソースを用いて被害を軽減する」と日本の英知を結集するなか、室内環境の専門家として白羽の矢が立ったのが鹿島だ。

 昨年4月に坪倉氏から参画を持ち掛けられ、「安心・安全で快適な環境をつくることが建設会社の使命。この大きな社会課題に対峙(たいじ)すべきだと即決だった」(鹿島技術研究所の古賀貴士・主席研究員)

古賀貴士主席研究員
古賀貴士主席研究員
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 鹿島は、理研や神戸大、大阪大など学術機関が名を連ねるプロジェクトで、日射や空調など室内特有の条件設定のノウハウ提供や、感染リスクの評価という研究成果の実社会への反映に寄与する重要な役割を担ってきた。これまでオフィスや教室、体育館などを想定したシミュレーションを実施するための形状モデル、境界条件設定を提供し、それぞれに適切なリスク軽減策の立案を後押ししている。

公立学校モデル(8m×8m×3m=192m3)を対象に,エアロゾル感染のリスク評価を行う。ここでは機械式換気が十分ではない場合を想定し,エアコンの併用や窓開けによる換気促進によるリスク低減効果を評価する(提供:京工繊大、協力:神戸大、理研、鹿島建設)
公立学校モデル(8m×8m×3m=192m3)を対象に,エアロゾル感染のリスク評価を行う。ここでは機械式換気が十分ではない場合を想定し,エアコンの併用や窓開けによる換気促進によるリスク低減効果を評価する(提供:京工繊大、協力:神戸大、理研、鹿島建設)
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SARS、新型インフルの流行が契機に

 建設業界にとって施工前に自然環境の建造物への影響を予測するシミュレーションは不可欠な技術のひとつ。鹿島も風圧の高層ビルに及ぼす影響から、商業施設内の飲食店の匂いの拡散など室内外の安全性や快適さの確保に幅広く活用してきた。

 鹿島は02年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、09年の新型インフルエンザの流行を契機に、いち早く飛沫に着目した研究開発をスタート。当時からシミュレーションに取り組んでいた鹿島技術研究所挾間貴雅主任研究員は「飛沫やエアロゾルの飛散状況を予測し、上手く気流で運んであげると効率的に空気中から除去できることが明らかにできた」と振り返る。

挟間貴雅主任研究員は現在、鹿島技術研究所シンガポールオフィスで現地の大学と新型コロナ対策に取り組む
挟間貴雅主任研究員は現在、鹿島技術研究所シンガポールオフィスで現地の大学と新型コロナ対策に取り組む
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 自社保有の計算サーバーに加え、技術研究所西調布実験場(東京)内に病室を再現し、二酸化炭素(CO2)などトレーサーガスを散布して換気や局所排気の効率を測定するなど室内環境評価のノウハウを蓄積。新型コロナの感染拡大以前からシミュレーションを活用し、冬季のインフルエンザ流行時などに懸念される病院待合エリアでの2次感染リスクを低減する気流制御システムの開発を進めていた。

鹿島が自社計算サーバーで実施した室内の飛沫シミュレーション。「富岳」のプロジェクトにもノウハウが活用されている
鹿島が自社計算サーバーで実施した室内の飛沫シミュレーション。「富岳」のプロジェクトにもノウハウが活用されている
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西調布実験場の病室を再現した実験室。トレーサーガスを散布し、チューブを配した位置のガスの濃度減衰などを測定して給排気システム等の技術開発に反映している
西調布実験場の病室を再現した実験室。トレーサーガスを散布し、チューブを配した位置のガスの濃度減衰などを測定して給排気システム等の技術開発に反映している
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 システムはマスクの有無をチェックする可視光カメラと、発熱を検知するサーモカメラで構成。発熱しながら、マスクを着けない患者をハイリスク患者として付近は排気する一方、エリア内のほかの患者の付近で給気する仕組み。シミュレーションの結果、一般的な空調よりも、感染リスクの高い患者の飛沫の空間平均濃度は「3~4割」も低減したという。

(提供:鹿島建設)
(提供:鹿島建設)
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 システムを立案した建築設計本部建築設計医療統括グループリーダーの星野大道氏は「ウイルスの感染者は隔離が必要だが、判明するまでのリスクを減らしたかった」と説明する。星野氏は「富岳」プロジェクトにも参加し、病院設計の経験をシミュレーションに生かしている。

25年にわたって病院設計を手掛ける星野大道氏
25年にわたって病院設計を手掛ける星野大道氏
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除菌コンサルやレイアウト診断も

 「富岳」は、2011年に世界最速であった前任の先代のスーパーコンピュータ「京」のおおよそ100倍という計算性能を活用し、約2カ月で約2000通りの高精度シミュレーションを実施。新型コロナは接触や飛沫に加え、室内に比較的長く漂うエアロゾルによる空気感染に近いリスクも指摘される。プロジェクトメンバーの技術研究所建築環境グループの弓野沙織研究員は「無症状の感染者が気付かずに広める可能性があるので、(病院にとどまらず)人の集まる公共施設など幅広い対象をシミュレーションしている。あらゆる場面や条件のリスクを迅速に可視化できるのは、富岳を活用した成果」と語る。

弓野沙織研究員
弓野沙織研究員
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 鹿島はシミュレーションによる飛沫感染や空気感染の抑止のほか、部屋の広さや建材・家具に適したアドバイス・計画立案で接触感染を防ぐ除菌コンサル、グループのインテリア会社イリアのレイアウト診断など多様な感染対応策を提供。新型コロナ対策のシミュレーションで得た知見を基に、さらなる社会課題の解決を目指す。

 星野氏は「将来の空調システムの在り方を探り、(心身の健康に寄与する)ウエルネスビルや、環境に優しいグリーンビルなどにつなげたい」と先を見据える。弓野氏も「感染症のみならず、省エネや生産性の改善などに効果のある建物づくりに貢献したい」と話した。

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提供:鹿島建設株式会社

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