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【新章 働き方改革】キリンの首はなぜ長い?世の「無駄」にこそあるコロナ禍克服のヒント・松崎一葉(筑波大教授)

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 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で働き方やライフスタイルに擾乱(じょうらん)が生じ、私たちは大きなストレスに曝(さら)された。この激動の時代に役に立つ概念として「レジリエンス」と呼ばれる考え方を紹介したい。

 統計数理研究所の丸山宏教授の定義によれば、レジリエンスとは「システムに何らかの擾乱が生じた時、壊れにくく(resistance)、壊れた後に素早く回復できる(recovery)性質のこと」とされている。従来の「ストレス耐性」の概念のように、耐えることだけを意味しない。

 じっと我慢するだけでは将来的なダメージが大きすぎ、この状況は乗り切れない。むしろストレスに抗うことなく、流れに身を任せ、その先をしたたかに見据えて「いかに力強く回復するか?」と策を練ること。これがレジリエンスである。

 レジリエンスの概念は防災においても用いられている。大地震や大津波は起こりうるものだから、災害対策としては、完全に耐えられるような防波堤やビルを作るよりも、被害を最小限に抑えて素早く回復できる仕組みを持つ構造物を生み出そう、という減災の考え方に通じている。

 筑波大の同僚である斎藤環教授の名著『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)からこのレジリエンス概念を一部引用して解説する。レジリエンスを達成するためには三つの要素が必要だという。

 一つ目は「冗長性」で、平常時は無駄と思えるようなものが、実は非常時に役立つというものだ。阪神大震災が起きたときの阪神間の3路線が典型だという。阪神間は北から阪急、JR、阪神各社の3路線があり、この短い区間にほぼ並行にあることは無駄だと思われていた。しかし、震災時にはそれぞれの路線において分断された地点が異なっていたため、3路線を乗り継げば阪神間の移動が可能だった、というエピソードがある。

阪神大震災による被害で、復旧工事が進む阪急電車神戸線=1995年1月23日
阪神大震災による被害で、復旧工事が進む阪急電車神戸線=1995年1月23日
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 論理的な合理化を進めすぎると「遊び」の部分がなくなり、非常時に立ち行かなくなるということだ。これは組織運営のみならず、われわれの生活や生き方にも応用できるだろう。生活時間における少々の余裕や無駄な時間を切り詰めることなく、健康管理上もカツカツ、ギリギリまで過重労働するのではなく、いつも心身に余裕を持った生活を送るという心掛けが大事なのだろう。

 二つ目は「多様性」で、さまざまな価値観を容認すること。ボーイング777型機が搭載する3台のコンピューターシステムは、それぞれ異なる3種類の基本ソフト(OS)で稼働しており、万が一、コンピューターウイルスが侵入して1つのシステムがダウンしても、他系統のOSが正常にバックアップするのだそうだ。

 単一的価値観は、先の大戦下のように一丸となって突撃するには好都合で合理的なのだが、想定外の擾乱に遭遇すると「全滅」しかねない。

企業内においては多様な価値観、国籍、信条、ジェンダーを有する社員を持つこと、もちろん家族の中でもそれぞれの生き方を尊重して単一の価値観を強要しないことが大事なのだろう。民族の多様度の低いわが国では、とかく周囲からの同調圧力が強くなりがちだ。出る杭は打たれやすく、周りをうかがって「右へならえ」の姿勢の人が多い。

 その結果として新型コロナウイルスの感染が広がる中、自粛していないと目された個人や店舗に対して嫌がらせを行う「自粛警察」や、マスクの非着用に過剰反応する「マスク警察」が横行した。社会生活における最低限のルールの中で、多様な価値観を認め合う寛容さを身につけるべきだろう。

 三つ目は適応性で、間違ったことを認めて、すぐに修正できることである。英国のジョンソン首相のコロナ対策がよい例だ。当初、英国は集団免疫を成立させる戦略を掲げて外出自粛策をとらなかった。しかし、爆発的な感染拡大に至ると、ジョンソン首相は政策の誤りを認めてロックダウン(都市封鎖)を指示した。責任の所在を明確にして自身の判断で間違いを修正していく、その姿勢が「適応」ということである。

ロンドンの病院を訪問したジョンソン英首相=2020年7月(ゲッティ=共同)
ロンドンの病院を訪問したジョンソン英首相=2020年7月(ゲッティ=共同)
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 たとえば、キリンの首はなぜ長いのか。進化論で考えれば、干ばつで餌となる樹木の葉が少なくなり、低い枝にある葉は食べ尽くされ、「たまたま」首の長いキリンは高い枝の葉を食べて生き残った。その結果として、首の短いキリンは死に絶え、首長のDNAのみが存続した。われわれもコロナパンデミックの渦中で生き延びなければならない。そのためには、この状況に適応するための潔い柔軟性を持たなければならない。

 以上がレジリエンスの考え方である。これらは中長期的な視点だ。では、短期的にはどのような心構えを持って日々を送るべきなのだろうか。

 私は精神科医で、特に宇宙飛行士などの過酷な閉鎖環境で働く人々のメンタルヘルスを専門としている。閉鎖環境とは、外的発散ができない環境、ということだ。宇宙では酒を飲みに出かけられない、カラオケができない、親友と会えない、ジョギングができない。どうだろう、コロナ禍にあるわれわれの日常と似ていないだろうか。

 外的な発散解消ができないときに、どのようにストレスを解消するのか。自身の内面で情緒的に解消するのである。楽しかったよい思い出に浸る、可能な通信手段で家族や友と今の思いを共有し合う、情緒的な小説を読んで自身の精神的内界を刺激する、などだ。

 われわれは爛熟(らんじゅく)した物質文明の中で、外界に溢(あふ)れる刺激物に頼りすぎてはいないだろうか。自身や家族の中に素晴らしいリソースが潜んでいることを見過ごしてはいないだろうか。過酷な閉鎖環境で力強く生きている人々のメンタル支援をする中で、そんなことを思ってきた。こういう考え方が少しでも読者の方々の参考になれば幸いである。

松崎 一葉
筑波大医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授、医学博士。昭和35年、茨城県生まれ。筑波大大学院博士課程修了。専門は産業精神医学、宇宙航空精神医学。産業精神科医として、多くの企業でメンタルヘルスの治療や環境作りに取り組む。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員研究員として、宇宙飛行士の精神面サポートも研究。著書に『クラッシャー上司』(PHP新書)、『もし部下がうつになったら』(ディスカヴァー携書)など。

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