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【葬送】貫いた職人魂 比屋根毅(ひやね・つよし)氏 エーデルワイス創業者(1日、神戸市・神戸ポートピアホテル)

エーデルワイス、比屋根毅会長の遺影=1日午後、神戸市中央区の神戸ポートピアホテル
エーデルワイス、比屋根毅会長の遺影=1日午後、神戸市中央区の神戸ポートピアホテル
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 白い花であふれた祭壇。遺影の表情は穏やかで、駆け付けた大勢の弟子を見守っているようだった。

 毎朝、工場を白衣姿で巡回し、職人魂を貫いた一生だった。「アンテノール」や「ヴィタメール」などのブランドで全国の百貨店などに80店以上を展開。多くの弟子を育てるなど洋菓子界に大きな足跡を残した。

 故郷の沖縄・石垣島を単身飛び出したのは15歳の時。那覇市などで職をいくつか経験後、大阪に来たころは本土と沖縄の行き来にパスポートが必要で、製菓会社の面接では「日本語は話せるのか」と言われた。「負けるものか」と発奮し、修行に打ち込んだ。

 昭和41年に独立して開いた店は、「岩場で咲き誇る花のように辛抱強く」と思いを込めて「エーデルワイス」と名付けた。味や品質に自信はあったものの、なかなか売れなかった開店当時の苦労から「忍耐と信用」を社是とした。

 何度も欧州に修行へ出かけ、仏フォションでは「味の世界に行きつくところはない」と教えられた。職人として人生を変えた言葉だと後に振り返っている。

 「彼らの成長こそが財産」としたまな弟子たち。「ムッシュマキノ」(大阪)の牧野眞一さんは「納得できるまで何度も作り直す。完璧にこだわった職人だった」と振り返る。「ケーキハウスツマガリ」(兵庫)の津曲孝さんは「洋菓子作りはもちろん、製造現場や営業まで経験させてもらった」と話した。

 6月4日、呼吸不全のため死去。享年82。(岡本祐大)

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