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【平成史】経済 失われた20年、再生への道のり

山一證券が自主廃業、野沢正平社長は「社員は悪くありませんから」と号泣
山一證券が自主廃業、野沢正平社長は「社員は悪くありませんから」と号泣
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 平成の経済は、バブル崩壊と、そこからの再生の道のりだった。大企業の破綻が相次ぎ、国内景気は後退と低成長に終始。人々は暮らしの豊かさを実感できていない。一方でIT時代が到来し、コンピューターネットワークが社会や産業のすみずみまで浸透した。

 ◆バブル崩壊

 平成元年、バブルはピークを迎えた。日経平均株価は史上最高値を記録、地価も上昇し、企業のボーナスは高騰した。誰もが好景気に踊り、経済大国に上り詰めた快感に酔いしれた。

 バブル経済とは、投機によって土地・不動産や株の価値が実態以上に膨張する現象だ。やがて限界を超えると急速にしぼみ、投機に走った個人や企業は膨大な損失に直面する。

 最も深刻なダメージを受けたのは金融システムだった。バブル期に横行した乱脈融資によって膨大な不良債権が発生。「失われた20年」と呼ばれる景気の長期低迷に突入した。銀行がお金を貸さない「貸し渋り」や、融資を回収する「貸しはがし」で中小企業が倒産するケースも相次いだ。

 ◆雇用にも痛手

 雇用にも大きな痛手となった。平成の初めに超売り手市場だった就職戦線は、4年頃から買い手市場に転じ、その後は「就職氷河期」「超氷河期」という言葉も生まれた。一方で派遣社員やアルバイトなどの非正規雇用が増え、平均所得は長期間下がり続けた。

 政府は「金融ビッグバン」政策によって市場の透明化や健全化を進めた。9年に北海道拓殖銀行や山一証券が破綻すると、10年から大手銀行などへ複数回にわたって公的資金を注入。銀行の大型再編が進んだ。

 改革の成果も表れた。20年に起こった世界金融危機では証券大手リーマン・ブラザーズなど米企業の破綻が相次いだが、国内の主要金融機関は破綻に至らず、業界の健全さを示した。

 ◆ITが席巻

 平成経済のもう一つの特徴は、インターネットの普及と急速なIT化だ。ネットビジネスのベンチャーが次々に登場し、経済の成長エンジンとなった。

 一方で、かつて日本の産業界の主役だった繊維、流通、家電などの大企業は、成長鈍化や経営危機に見舞われた。そごうやダイエー、カネボウが破綻し、三洋電機やシャープは他企業に経営統合された。

 平成の終盤は、アベノミクス効果もあって緩やかな成長軌道を確保。政府は24年12月以降、戦後最長の景気拡大が続いているとみる。多くの企業が過去最高益を更新し、日経平均株価は2万円台を回復した。

 ただ、政府が目標とする年2%の成長にはほど遠く、賃金上昇も緩やかで、景気回復の足取りは重い。

 ◆「人」の時代へ

 ここ数年は、少子高齢化などによる人手不足、職場での男女差別やセクハラ・パワハラ、過労死などが問題化し、官民が足並みをそろえて「働き方改革」に取り組んでいる。今年4月には働き方改革関連法と改正出入国管理法が施行。一定の能力を有する外国人は、新しい在留資格を得て日本で働けるようになる。

 バブルの清算に追われ、産業構造の転換を迫られた平成の経済は、最後に「人」とどう向き合うかという課題を抱えつつ、新時代を迎えようとしている。

 ■日本の地位 大きく低下

 平成の30年間で日本経済の国際的地位は大きく低下した。

 国内で生産されたモノやサービスの付加価値の合計額を表す「名目GDP」を世界の上位4カ国で比較すると、米国は順調に伸び、中国も急成長している。

 一方、日本はかつて世界2位を誇り、米国にも近付いたが、その後は横ばい傾向で、平成22年に中国に抜かれて3位に転落。4位のドイツと比べても、平成初期に2倍程度あった差が近年は接近されている。

 今後、日本は少子高齢化でさらに労働力が減少するため、政府は「生産性革命」「人づくり革命」などの政策や外国人労働者の受け入れによってGDP拡大を図ろうとしている。

 ※米国以外は為替レートの影響が反映されている

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