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2度目の大阪は新時代の万博 健康・長寿を地球規模で

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IR建設の予定地になっている大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)=大阪市此花区(本社ヘリから、志儀駒貴撮影)
IR建設の予定地になっている大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)=大阪市此花区(本社ヘリから、志儀駒貴撮影)

 2025年国際博覧会(万博)の大阪開催が決まり、官民で考え抜いた万博計画が実現に向かって動き出す。ただ、万博は約170年の歴史の中で、国際社会の趨勢や人々の関心に左右されて浮き沈みを経験。近年は来場者数や影響力の低迷に直面している。大阪で2度目の開催となる25年には、人工多能性幹細胞(iPS細胞)技術など関西が強みとするライフサイエンス分野を軸に、世界の課題を具体的に解決していく新時代の万博を目指す。(パリ 牛島要平)

テーマ重視に

 万博は1851年にロンドンで初開催されて以降、19世紀後半に欧米の主要都市で相次いで開催。新技術の見本市として、メディアが未発達の時代に人々を驚かせた。1900年パリ万博では、天井から電球をつり下げて点滅させ、鏡に反射させた「幻想宮」が電気時代の到来を告げた。

 20世紀前半は、2度の世界大戦や経済恐慌の影響で規模拡大に歯止めがかかる中、資本主義経済を担う企業が主役となった。39年ニューヨーク万博では、ゼネラル・モーターズ(GM)が未来都市の巨大模型を展示。円周状の客席が旋回する仕掛けで話題を呼んだ。

 第二次大戦後の万博はテーマを重視。70年大阪万博は「人類の進歩と調和」をテーマに開かれ、アメリカ館の「月の石」などで明るい未来を提示した。参加国は戦後に独立したアジア・アフリカなどの国々に広がり、入場者は空前の6421万人を記録。“テーマパーク型万博”は隆盛を極めた。

 ところが80年代以降、パソコンやインターネットによる情報化の進展や、映像やゲームなど娯楽の多様化によって万博への関心は薄らいでいった。

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