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関西経営者列伝 つぼ市製茶本舗 谷本順一社長 第三章 光明となった師の教え

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 《国内の茶葉製造・卸では最初にウーロン茶の輸入を手がけ、昭和50年代の大ブームで業績を伸ばした。だが、大手飲料メーカーの参入などでブームは沈静化。積み上がる在庫を抱え、倒産の危機を感じていた》

 従来の取引先は、多くが個人経営の茶の専門店でしたが、50年代後半から徐々に数が減少。われわれも新しい販路を開拓する必要に迫られました。最初に商談をもったのは、大手スーパーからです。個人店とはケタが違う大量の注文を得て「やった!」と思いました。

 しかし、納品した製品はなかなか売れません。納入先のスーパーは「売れないから特売にする。もっと(卸値を)値下げしてくれ」と圧力がかかります。不審に思ってあるとき、そのスーパーに行ってみると、納めたはずの商品は棚に陳列されていません。当然、売れるはずもありません。最初から納品しても店頭に出さず、卸値を下げさせるのが狙いでした。

 後で聞くと、この店では、「バイヤーは取引先企業を3社潰してやっと一人前」といわれていたそうですが、苦労して開拓した大口の取引先だけに、なかなか逆らうこともできず、もんもんとした日々を過ごしていました。

 《大手への販路開拓で苦汁をなめたが、ある経営者との出会いが、谷本氏の人生を大きく変えた》

 61年にイトーヨーカ堂が堺市内に新規出店することになり、地域の名店の商品をそろえたコーナーを作りたい、と相談を受けました。先方のバイヤーを案内し、近隣の老舗を紹介しているうちに、わが社も出店することになりました。イトーヨーカドー堺店に出店した売り場が、大丸心斎橋店(大阪市中央区)の担当者の目にとまり、63年に同店に出店。従来、中心だった卸売りから、小売りに業態が変わる中で、出会ったのが関西スーパーマーケットの創業者で、当時社長だった北野祐次氏でした。

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