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【グローカル!】高知県・廣瀬製紙 オンリーワンの技術で世界に挑む

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【グローカル!】
高知県・廣瀬製紙 オンリーワンの技術で世界に挑む

創意工夫で生き生きとした企業活動を展開する廣瀬製紙=高知県土佐市

 ■優秀な人材が続々入社

 自然豊かな四国の地に、日本のものづくりを代表する企業の出身者が続々と集まってきている会社がある。合成繊維100%の薄い不織布を作らせたら世界一の高い技術力を武器に、国内外で生き残りをかけた戦いを挑んでいる。前向きな取り組みは、疲弊が叫ばれる地域の産業界に、明るい方向性を示している。

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 不織布とは合成繊維を織らずに固めてシート状にしたもの。マスクや包装紙など身近なものから、宇宙関連の素材まで幅広く使われている。

 高知県土佐市に拠点を置く廣瀬製紙(岡田勝利社長)は、伝統工芸品、手すきの土佐和紙の工法を応用し、日本で初めて湿式不織布作りに成功した会社だ。主力のアルカリマンガン電池用の絶縁紙では、消費量の多い単3と単4で世界シェアの3割を占めている。

 従業員数114人。決して大きくはない「地方の中小企業」(岡田社長)に、ここ数年、三菱重工やパナソニックなどの出身者が集まっている。昨年は8人が入社した。

 地域の働き手世代の人口流出が大きな問題になる中、同社に人が集まるのはなぜか。地元の人材紹介会社は、「会社としてできあがっていないからではないか。大企業では決定権を持つ人は限られるが発展途上の中小企業は、自分の知恵と力で会社の未来を切り開けるおもしろさがある。新天地でやりがいを求める人たちには魅力的だろう」と分析する。

 実際、同社の技術力は高く評価されている。「100%合成繊維の不織布を作る技術」と「世界一薄い不織布を作る技術」で「ニッポン新事業創出大賞」の最優秀賞を受賞。ナノファイバー不織布の開発でも「ものづくり日本大賞」の経済産業大臣賞を受賞した。

 しかし、5年前、義父の作った同社を継ぐために、NECの子会社社長を辞して故郷にUターンした岡田社長は「なまじ食べていけるので、このままでいいと保守的な社風だった。生き残るために第二の創業と考えて改革を進めている」と危機感を打ち明ける。

 中小企業が生き残るためには、大企業が参入してくる前にオンリーワンの技術で、自社製品が市場の標準規格になるようにするのが欠かせないという。「極める、深める、先がけることが何より大事」と話す。

 新商品の開発のため、県内外の企業や大学との連携も強める。最近も、寒天で有名な長野県の伊那食品工業や鳥取県のイルカカレッジと、技術とアイデアを持ち寄って、森林火災を航空機から安全に鎮火させるための消火剤を開発し、鳥取県のビジネスプランコンテストの優秀賞を受賞した。

 海外にも積極的に販路を開く。立地と商習慣から都会の大企業には相手にされづらいという地方の中小企業の弱点を逆手に取った。取引のうち7割は海外勢だ。

 「海外の企業は反応が早い。不具合はすぐに報告があるので、我々も改善を重ね、技術力の向上につながっている」

 苦情を吸い上げるため、これまで商社に頼ってきた販路の開拓を、自社に切り替えつつある。

 今月、高知市内に産学官民連携センター「ココプラ」がオープンした。県と県内の全高等教育機関が一堂に会し、常時ワンストップで相談に応じる全国初の施設だ。

 「地方の中小企業にとっては、自社の強みと不足する外部の技術をいかに連携させるかの視点は欠かせない。連携には専門的な見識も必要。センターのオープンは心強い」と歓迎する。

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 ■「手を打つとすぐ反応する会社」

 廣瀬製紙で経営管理全般を担う取締役の馬醫(ばい)光明さん(38)は、パナソニックの出身だ。国内工場で経理責任者として経験を積んだ後、台湾工場に異動。2年後、新工場立ち上げのためにマレーシアへ移った。2500人が働く工場で、経理や人事の担当取締役として活躍した。

 転機は2年前。工場の閉鎖が決まり、清算にめどをつけた段階で、転職を考えた。経験が高く評価され、世界展開する大手企業から複数誘いを受けたという。

 廣瀬製紙を選んだのは、高知出身の妻の希望を尊重したためだ。海外では多忙で、ほぼ母子家庭状態だった。小さい子供は病気も多いし、治安や教育の不安もあった。

 高知にIターンして、日常はガラリと変わった。収入は半減したが、仕事のストレスも激減。寝顔を見るだけだった子供たちと、夕食を共にする日が増えた。

 馬醫さんの仕事の進め方は、同社で何十年も働いてきた人たちには衝撃だった。新参の“よそ者”が、遠慮なく業務改善の指示を出すため、抵抗も大きかった。しかし、工場の在庫を半減させるなど改善が進むにつれて、協力してくれる仲間も増えてきた。

 前職に比べ、扱う規模や金額は小さくはなった。一方で帰宅後に2歳の二男を背中で寝かしつけながら、ものづくりの勉強に励む日々は、充実している。

 「小さな会社は手を打つとすぐに反応が返ってくるのが面白い。改革を加速させたい」。平社員からスタートして丸2年。来月、子会社テクノヒロセの社長に就任する。

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