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【話の肖像画】旭化成フェロー・吉野彰(65)(3)バランス学んだ失敗体験

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昭和47年の入社当時
昭和47年の入社当時

 〈昭和47年、京大大学院で修士課程を修了後、旭化成工業(現旭化成)に入社。大学に残らず、産業界で研究を続ける道を選ぶ〉

 産業界に入ることを選んだのは、研究成果を製品に結びつけ、それをてこに世界に飛び出していく方が、より面白そうだと思ったからです。当時の旭化成はそれほど大きな会社ではなかったですが、新しい技術に対する野心に満ちた雰囲気にひかれました。

 〈リチウムイオン二次電池の材料を研究し始める56年までに3つの研究テーマに挑戦したが、いずれも製品化には至らなかった〉

 汎用(はんよう)性の高い製品が行き着くところまできていた化学業界や繊維業界は、付加価値の高い機能的な製品を手がけていこうとしていました。そこで私が最初に取り組んだのが、ガラスにくっつくプラスチックの開発です。狙った用途は自動車のフロントガラス。衝突しても突き破られないよう、当時から2枚のガラスの間に特殊なプラスチックのフィルムが挟まれており、代替品を作ろうと2年ほど研究しました。しかし人命に関わるので相当高い性能が求められます。残念ながら目標値に達しませんでした。

 次に、住宅の断熱材に使える燃えない発泡体を研究しました。当時から省エネは話題でいろいろなプラスチックが使われていましたが、当然燃えます。そこで、断熱性があって燃えず、なおかつ有機質ではなく無機質の発泡体を作ろうと考えたのです。市場のニーズに合っていたし、断熱性に優れたものができましたが、無機物を使うとどうしてももろくなってしまう。発想は良かったけれど技術が不十分でした。

 3つ目のテーマには光触媒を選びました。初めの2つはすでにあるニーズへの対応を目指すパターンでしたが、今回はどちらかというと技術ありき。ある特定の染料のようなものが太陽光を吸収すると、空気中の酸素の分子を活性化させて瞬間的に酸化力の強い状態を作り出すのですが、これをプラスチックにうまく取り入れられれば殺菌や消臭ができるようになり、使い道がいろいろ出てくるのではないかと考えました。用途の候補はいっぱいありましたよ。でも、すぐに製品になるような用途にはつながりませんでした。技術が先走った形です。

 ニーズと技術がうまくつながらないと研究は成功しません。ニーズも技術も時代とともに変化していきますから、つなげるのは至難の業です。どちらか一方がじっとしていてくれれば楽なんですがね。技術屋はどうしても技術に偏りがちです。「ニーズとのバランスを取らないとうまくいかないんだな」と反省しました。

 研究は成功確率の低い仕事ですが、いちいち落ち込んだり焦ったりすると大抵うまくいかないんです。かといって、のんびりやっていても当然だめ。これもバランスが大切。バランスを取るというのは難しいことですけれどね。(聞き手 豊田真由美)

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