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【ニッポンの分岐点】日の丸半導体(2)日米協定 圧力が生んだ“管理貿易”

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【ニッポンの分岐点】
日の丸半導体(2)日米協定 圧力が生んだ“管理貿易”

 官民一体となったプロジェクトで、昭和60年代に世界のトップに立った日の丸半導体。DRAMを中心に世界シェアの5割超を握り、日本の半導体産業は絶頂期を迎える。だが、国の根幹を担う半導体産業の凋落(ちょうらく)を、米国は黙ってみていたわけではなかった。米政府は政治の力で圧力をかける手段に出た。

 ■高まる米のいらだち

 50年代からの日の丸半導体の躍進に、米国では急速に「日本脅威論」が高まっていた。

 52(1977)年3月にはインテルなど米国の主要半導体メーカーが「米国半導体工業会(SIA)」を結成。通産省(現経済産業省)が主導した51年の「超エル・エス・アイ技術研究組合」など官民一体となったプロジェクトが日の丸半導体の躍進につながったとして、日本の半導体産業の“官民癒着”を米国政府に訴えた。

 メディアも日本の脅威と米国の苦境ぶりをあおった。米経済誌「フォーチュン」の56年3月号には、日本メーカーを相撲力士に見立て、米国勢を模した米国人ボクサーに対峙(たいじ)させたイラストが誌面を飾った。「日本半導体の挑戦」とのタイトルで掲載された記事で、フォーチュンは「米国はDRAM競争で日本に負けるかもしれない。負けたとすれば、半導体産業のみならず、コンピューター産業の将来を危うくする」と、国力低下への懸念を強く訴えた。

 そうした米国側のいらだちが頂点に達したのは、日本電気(現NEC)が半導体売上高で米メーカーを抜き、世界首位に立った60年だった。同年6月、日本製半導体の勢いに危機感を募らせた米メーカー側は不公正貿易に対する報復措置を定めた米通商法301条を基に日本側を提訴。さらに当時、日本の主力であったDRAMなどをダンピングで米通商代表部に訴えた。

 民間の動きに押される形で米政府も行動を起こす。米政府は日本市場の「構造的な閉鎖性」を糾弾。そのうえで301条を盾に、日本側の輸出自主規制と日本市場での外国製半導体受け入れを迫ったのだ。

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