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【ふるさとを語ろう 九州・山口財界人国記】郷里に役立ちたい 思い強まる 兼松・樫沢利博会長

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【ふるさとを語ろう 九州・山口財界人国記】
郷里に役立ちたい 思い強まる 兼松・樫沢利博会長

 本籍は現在の長崎県南島原市で、生まれたのは長崎市内。3歳まで住んでいました。その後、銀行員だった父親の仕事の都合で大阪、兵庫、名古屋と転々とし、中3の1学期の終わりに再び長崎市に戻ります。純粋な長崎人を自負していますが、子供のころに県外にいたため、この年になって「郷里のことを勉強したい」「役立ちたい」という思いが強まっています。

 名古屋で通った中学は、NHKで放映されていた「中学生日記」のモデルとなった学校です。進学校として知られ、先生からは「勉強せい」と言われ続けていました。転校が決まった後、母は「利博君を名古屋に残してほしい」と頼まれたそうです。それだけに「勉強をガリガリやらなくて済む」と、プレッシャーからの解放感に浸りました。

 転校先は街の真ん中にある長崎中学。3年の2学期からですが軟式テニス部と合唱部に所属しました。県外にいたときも、夏休みを利用して南島原に帰省していましたが、言葉の壁は厚いなと思いましたね。高校は長崎東に進学し、ESSに所属しました。神父さんに来ていただき、英語で新約聖書を読んでもらいました。2年時にはシェークスピアのマクベスを英語で演じました。

 長崎は昔から海外と緊密な関係にあったせいか、学生生活を送る中で「海外に雄飛したい」と憧れを抱くようになりました。歴史ある文化と、きれいな自然を大事にしたいという思いも募ります。多感な年頃に県外から引っ越してきた人間の方が、そんな長崎のよさに思いを寄せるはずですよ。

 大学は早稲田の政治学科に進学しました。全共闘世代で小説を書いては投稿していましたね。就職は新聞社を志望しながら、結局は東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行しました。

 ですがこのとき、マスコミ用の勉強が役に立ちました。試験では、人事部長から「この社説を訳せ」との課題を与えられましたが、その文章は、大手新聞社が発行する英字新聞に掲載された日米繊維交渉に関する記事で、元々の社説をじっくり読んでいました。結果として100点満点。それが採用された理由のひとつでしょう。

 入行後、海外への雄飛の願いもかない、ニューヨークとロンドンに勤務しました。ただ、ニューヨーク時代は上下関係の厳しさに参りましたね。普段は紳士的な人がディーリングルームで鬼になるのです。また、昭和52年のニューヨーク大停電に遭遇したことも、大きな思い出です。

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