(1)幸福とは何か…変化した価値観と変わらぬ格差

リーマン10年 危機後の世界

 リーマン・ショックに揺れた平成20年末の東京・霞が関は、異様な雰囲気に包まれていた。急速な景気悪化で職や住まいを失った約500人が、年を越すために次々と日比谷公園に集まり「年越し派遣村」を結成。支援者などがテントを張って炊きだしを提供するなど、広大な公園の一角は千人以上の人でごったがえしていた。

 金融危機で世界中の景気が冷え込むと、日本でも製造業を中心に生産調整のため一部の工場や製造ラインが停止。こうした場所で働く派遣社員や契約社員が次々と雇用を打ち切られた。危機の前は4%前後だった完全失業率は、翌年の21年7月には過去最悪に並ぶ5.5%と、1年足らずで1ポイント以上も悪化。完全失業者は364万人に上り、「派遣切り」はこの年の流行語にもなった。

 あれから10年-。日本経済は安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」により回復を続けている。一時は6千円台にまで落ち込んだ日経平均株価も足元では2万2千円台で推移。29年度の企業の経常利益は83兆5543億円と過去最高を記録し、失業率も2.5%前後と、「完全雇用」と呼べる低水準だ。

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 ただ、好景気の実感の乏しさを指摘する声は少なくない。東京都内在住の高田大輝(20)=仮名=もその1人。母子家庭で育った高田は家庭の事情で中学のころから大学進学を諦め、手に職を付けるため工業高校への進学を選んだ。

 高校時代の成績はトップクラス。卒業後は希望通り、建設現場で施工管理を行う会社に就職した。ただ、月100時間を超える残業と250万円にも満たない年収に、将来を悲観し今年6月に2年間務めた会社を辞めた。

 「やりたい仕事のはずだったんですが、きつすぎて…ブラック企業だったんですかね」。あどけなさの残る顔には悔しさがにじむ。 29年に総務省が行った調査によると、非正規労働者の数は2133万人と過去最多で、全雇用者(役員などを除く)の約4割を占める。年越し派遣村の元村長で、法政大教授の湯浅誠は「正社員と非正規との格差は根強く、リーマンのような事態になれば再び雇用の調整弁となるリスクは残る」と警戒する。

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 リーマンは人々の価値観も変えた。米ウォール街で働く富裕層を尻目に、世界中に「ミニマリスト」と呼ばれる人が誕生した。最小限を意味する「ミニマム」から派生した造語で、最小限のものだけで生活する人のことを指す。

 千葉県松戸市に住むシステムエンジニア、三村京介(33)=仮名=もミニマリストだ。小さなテーブルと冷蔵庫など、最低限のものだけが置かれた部屋に暮らし、生活費は家賃を入れても月10万円未満。「月10万ならどんな仕事でも稼げる。そう考えると気が楽になり、仕事のストレスからも解放された」と語る。

 価値観の変化は、混乱の渦中にいた真鍋邦大(くにひろ)(40)も感じた。真鍋は10年前、リーマン・ブラザーズ証券の社員だった。東京大大学院を修了後、「早く一人前になって稼ぎたい」と選んだ就職先。地銀などに国債や証券化商品を販売する営業マンとして、4年目で100億円単位のお金を動かすようになり、十分な収入も手に入れていた。

 だが、会社の破綻後、香川県の実家で1カ月ほど暮らすと、地元では時間がゆっくりと流れ、人々は子供や家族と過ごす時間を大切にしていた。「地方は疲弊していると思っていたのに、むしろ幸せそうだ」と感じた。

 その後も、いったんは外資系証券会社に再就職するが、24年に退職。小豆島を拠点に四国の食に関する情報を発信しながら農産物を販売する事業などを手がけ始めた。年収は当時の5分の1程度に減少したが、「笑顔にできる人の数は比べものにならないほど増えた」と話す。

 博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーの原田曜平は指摘する。「頑張っても見返りは限定的と考え、車や高額商品へのあこがれはない。それでも幸福を感じている。そんな若者が今後も増えていくにちがいない」(敬称略)

 米証券大手リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界同時不況を引き起こしたリーマン・ショックから25日で10年を迎える。未曾有の危機がもたらした世界の変化を追った。