【平成30年史 変わる働き方(1)】24時間「戦えない」 バブル崩壊で非正規の時代に - 産経ニュース

【平成30年史 変わる働き方(1)】24時間「戦えない」 バブル崩壊で非正規の時代に

省力化のため導入されたコンベヤーオーブンから焼きたてのハンバーグを取り出すロイヤルホストの調理スタッフ=東京都世田谷区(桑原雄尚撮影)
経済危機に伴い増える非正規社員
 「本日のご来店、誠にありがとうございました」
 東京都世田谷区の国道246号沿いにあるファミリーレストラン「ロイヤルホスト桜新町店」では、午後11時57分に閉店のアナウンスが流れ始めた。午前0時過ぎには客はいなくなった。
 昭和57年オープンの同店は、平成に入りずっと24時間営業を続けてきたが、21年に営業時間を午前7時~翌午前2時に短縮。29年からは閉店時間を2時間早め、平日の開店も午前9時からとさらに縮めた。携帯電話の普及やコンビニエンスストアの増加などで深夜客が減ったことに加え、深夜・早朝帯のアルバイト確保が年々難しくなってきたからだ。
 ロイヤルホストは平成の前半に6~7割の店舗で24時間営業を実施していたが、徐々に減らし29年に全店で廃止した。売り上げ減のリスクはあったが、昼食や夕食の時間帯に社員やアルバイトを増やして待ち時間を短縮。新たな厨房(ちゅうぼう)機器も導入して人手不足を補った結果、来客数は減ったものの客単価が上がり、売り上げはアップした。同社の戦略企画部長、小池真一郎は「アルバイトの応募が増えている」と明かす。24時間がむしゃらに働き、売り上げを拡大するスタイルは変わりつつある。
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 元年、テレビで流行したのが栄養ドリンク「リゲイン」のCMソングだ。
 「♪黄色と黒は勇気の印 24時間戦えますか ビジネスマン ビジネスマン ジャパニーズ・ビジネスマン」
 世はバブル景気の真っ盛り。戦後の高度経済成長を支えた終身雇用制、年功序列賃金といった「日本的雇用慣行」が続き、寸暇を惜しんで働くほど年収がアップするという働き方がもてはやされた。雇用の中心は男性壮年の正規社員だった。
 だが、その直後に起きたバブル崩壊で製造業がマイナス成長に陥り、サービス業中心の経済構造へ転換が一段と進むと、雇用情勢も一変する。アルバイトやパート、契約、派遣といった非正規社員が急増した。
 総務省の労働力調査によると、平成の30年間、正規社員数は3千万人台とほぼ横ばいで推移する一方、元年に817万人だった非正規社員数は7年に1千万人を突破し、現在は2千万人を超える。雇用者に占める非正規社員の割合もこの30年で2割から4割に増え、所得格差は広がった。
 慶応義塾学事顧問(労働経済学)の清家篤は「バブル崩壊と冷戦後のグローバル市場競争の激化で企業に労働コスト圧縮の圧力が強まり、コストの安い非正規社員の増加につながった」と指摘する。11年に施行された派遣労働の対象業種の原則自由化など雇用規制の緩和も非正規増を後押ししたという。正規社員にもリストラや成果主義の導入などが行われ、「日本的雇用慣行」は揺らいだ。
 元年に2・3%だった完全失業率は14年に5・4%まで達し、20年のリーマン・ショック時には「派遣切り」といった非正規社員の雇い止めも発生した。リクルートワークス研究所主幹研究員、豊田義博は「大企業にまで中途採用市場が拡大したのも平成10年代。今までのやり方が通じなくなり、新しいタイプの人間を採りたいという意識が強まった」と分析する。
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 リーマン・ショックから約10年、2020年東京五輪に向け整備が進む新国立競技場そばのコンビニ「ローソン千駄ケ谷1丁目店」では、アルバイト18人のうち7人は中国やモンゴルからの外国人留学生だ。オーナーの余田利通は「ここ4、5年は求人を出しても全然人が集まらない」と打ち明ける。
 日本の総人口は平成20年の1億2808万人をピークに減少へ転じており、特に働き手の主力となる15~64歳の生産年齢人口は7年の8716万人がピーク。人手不足感は年々強まり、求職者1人当たりに何件の求人があるかを示す有効求人倍率は現在、昭和40年代後半の石油危機ごろの水準にまで上昇している。
 肝心の働き手がいないなかで新たな人材の供給源として期待されるのは女性、高齢者、そして外国人だ。
 余田の店でも留学生アルバイトから学校の友人らを紹介してもらう制度を導入し、何とかアルバイトを確保している。余田は「無人レジ化などを進めないとコンビニ業界は本当に厳しくなる。でも、チャレンジは生き残りのチャンスでもある」と先を見据えた。(敬称略)
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  景気動向に連動し、この30年で働き方も変わってきた。生産性の向上につながるベストな対応とは何か。仕事と家庭のバランスとは-。企業も個人も模索が続く。