【びっくりサイエンス】AIで絵画鑑定 光源氏の顔で流派見抜く 「幻の絵巻」の判定結果は… - 産経ニュース

【びっくりサイエンス】AIで絵画鑑定 光源氏の顔で流派見抜く 「幻の絵巻」の判定結果は…

米メトロポリタン美術館が所蔵する「源氏物語絵巻」で、光源氏と目される人物(左)。人工知能が最も着目している部分を赤く着色(右)したところ、耳の部分を流派判定に使っていることが分かった(小長谷明彦・東京工業大教授提供)
ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵する「源氏物語絵巻」。下段の左上に座る男性が光源氏だとされる(同美術館提供)
 日本絵画の絵師の流派を判定する人工知能(AI)が登場した。源氏物語を描いた絵画の中に、わずかな差異を見つけ出し、95%以上の精度で専門家と同じ判定を下すことができた。人間が知らない特徴をつかんでいる可能性も判明。AIが専門家の目を超える日も近そうだ。
人間関係のしがらみなく判定
 AIを開発したのは東京工業大と恵泉女学園大の研究チーム。「幻の源氏物語絵巻」と呼ばれる絵の流派を巡る長い論争に決着をつけたいというのが、研究の発端だった。
 源氏物語を題材にした絵は「源氏絵」と呼ばれる。源氏物語は古くから人気のあるモチーフで、さまざまな時代の絵師が巻物や扇、画帖などに描いた作品が数多く残されている。
 源氏絵の絵師には土佐派や狩野派、岩佐派、住吉派といった流派があり、それぞれ独特の個性がある。これらの流派は貴族など支配者層と関わりが強かったとされるが、在野で絵を描くことを生業とした町絵師もいた。
 絵師の流派が論争の的となっているのは、米ニューヨークのメトロポリタン美術館や石山寺(滋賀県大津市)などが所蔵する江戸時代前期の「源氏物語絵巻」。「江戸末期の書物には土佐派と書いてある」「やまと絵や漢画を学んだ町絵師の集団制作だ」「松の描き方が土佐派には見えない。京狩野だ」などと、専門家の間でも意見が割れている。
 そこで、京狩野説を唱える恵泉女学園大の稲本万里子教授(日本美術史)がAIでの判定を発案。「流派判定には人間関係のしがらみがある。偉い先生がこうと言ったら異論を挟みにくい。AIならバイアス(偏り)なく判定をしてくれる」と期待し、東工大の小長谷明彦教授(知能情報)らと共同研究を始めた。
正答率96%で流派判定
 AIに源氏絵を教え込むために使ったのが、源氏絵研究の第一人者で、2014年に亡くなった田口栄一東京芸術大名誉教授が残した約3万枚の源氏絵画像。これをデジタル化し、学習用に人間の顔の画像560枚を切り抜いた。
 チームが着目したのが「引目鉤鼻(ひきめかぎはな)」と呼ばれる独特の様式で描かれた貴族の顔だ。貴族を他の階層と区別するための決まり事で、当時の美意識に基づいて、細い長めの目にカギ状の鼻が描かれる。
 「貴族はみんな同じような顔をしている。だからこそ、描かれている特定の人物の特徴ではなく、流派の特徴が出る。その差分をAIに学習させることができる」と小長谷さんは語る。
 ただ本来、AIに画像を認識させるには大量の学習用データが必要だ。「何万枚、何十万枚という量が必要になる。500枚くらいでは普通は学習できない」。そこで使ったのがファインチューニングという手法。既存の学習済みのAIにデータを上乗せして、再学習させるものだ。「幼稚園児にいちから教えるのではなく、図形とはどういうものか分かっている大学生に教える方がうまくいく」と小長谷さんは話す。
 数百万枚の画像を使った学習が済んでおり、図形を認識できる既存のAIに「土佐派」「狩野派」「岩佐派」「その他」の4種類を学習させたところ、96%の高い精度で正答を導き出すことに成功した。稲本さんは「少なくとも、日本美術史や源氏絵を専門に勉強している大学生くらいのレベルになった」と評価する。
専門家が見ない耳に着目、「人を超えた」
 それでは、「幻の源氏物語絵巻」はどう判定したのか。AIの答えは稲本さんが主張する京狩野ではなく、土佐派だった。
 「困った。データセットが悪いのか」-。チームが調べ直したところ、実はこのAIは、江戸幕府の成立に伴い江戸に下った江戸狩野しか学習しておらず、京に残った京狩野を学習していなかった。その結果、「江戸狩野よりは土佐派に近い」と判定したのだ。
 「AIの特徴がよく出ている。深層学習は意味を理解するわけではなくて、学習したものの中で何に近いかを判定する。学習データが違っていれば、違った答えを出す」(小長谷さん)
 データさえちゃんとそろっていれば、AIは源氏絵を判定できるということは、はっきりした。今後は京狩野のデータをそろえて学習させる計画だ。
 AIが源氏絵判定で人間の目を超える可能性もある。専門家とは異なる部分を見て判定していることが分かったからだ。
 AIが画像のどこに着目しているのかが分かる「Grad-CAM」という技術を用い、顔のどの部分を使って流派を判定しているかを調べた。すると、専門家がよく見る鼻は使わず、あまり見ない耳を重視していた。
 「私たち専門家と違うところを見ているのに、結果は同じになる。何か人間が気づいていない特徴があるのだろう」と稲本さん。小長谷さんは「判定の基準が人間とは違う。その部分において、ある意味で人を超えたといえる」と語る。
 創造性が必要で、極めて人間的な行為で成り立つ絵画の鑑定においても、AIが人間を追随するのにとどまらず、並び立つ存在になったといえそうだ。(科学部 松田麻希)