テレビ「バラ色の十年」が暗転 リーマンで崩壊「エリートは中国へ」

平成30年史 デフレの呪縛(3)
ビックカメラ有楽町店のテレビ売り場。すらりと並んだ有機ELテレビが年末商戦の目玉となる=11月6日、東京都千代田区

 「えっ、初任給で華為技術(ファーウェイ)ってこんなにもらえるの」

 ある大手電機メーカーに勤める入社3年目の技術者は、中国の通信機器大手、華為技術の日本法人が40万円の初任給で新卒者を募集しているニュースをみて驚きを隠せなかった。「この金額なら入りたかったなぁ。うちでももっと上がらないものか」

 就活情報サイトの「リクナビ2018」に、華為技術日本法人の新卒募集が掲載されたのは3月。理工系専攻の学生らを対象に「通信ネットワークエンジニア」「アルゴリズムエンジニア」など7職種を募集した。

 話題になったのはその厚遇ぶりだ。月給は学士卒で40万1000円、修士卒で43万円。厚生労働省の昨年の初任給調査によると、日本企業の大卒の平均初任給は20万3400円で、華為技術の提示額は約2倍の水準だ。ネット上では「時代は変わった。日本のエリートは中国をめざすよ」といった意見が目立つ。

 だが、華為技術が2倍の給与で日本の優秀な人材を刈り込みにやってきたとみるのは早計だ。華為技術日本法人は「業界の動向を踏まえ、待遇を決めている」と説明する。同社は今やスマートフォン販売で韓国サムスン電子、米アップルに次ぐ世界第3位。待遇は業界の世界大手として国際的な相場観を踏まえて決めただけで、日本国内の反応に戸惑いを隠さない。

 経済産業省のIT人材に関する各国比較調査によると、米国のIT人材の年収は日本の約2倍だ。電機大手は今年の春闘で4年連続の賃上げを決めたが、新卒でなくても技術者の給与は世界と日本で大きく差がつく。国内電機業界の給与が低迷しているのは、デフレが残した爪痕でもある。

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 大阪湾から播磨灘にかけてのベイエリアはかつて「パネルベイ」と呼ばれ、プラズマテレビや液晶テレビの巨大工場が集積していた。今やその面影はない。兵庫県尼崎市の湾岸地域の一角-。平成26年3月末に生産を停止したパナソニックのプラズマテレビやパネルの主力工場は既に解体された。跡地では物流開発会社が来年1月に日本最大の物流施設を着工する。

 「大きな話題にはならなかった」。工場を運営していた「パナソニックプラズマディスプレイ」の解散が昨年10月31日に決まったが、その際の雰囲気をパナソニック関係者はこう語る。だが、負債額は約5000億円と製造業としては戦後最大規模だった。

 「テレビ市場はバラ色の十年戦争だ」

 パナソニック元社長の大坪文雄は、テレビ部門トップだった15年に社員にこんなげきを飛ばしていた。同年末の地上デジタル放送本放送から23年のアナログ波が完全停止されるまでの間、ハイビジョンテレビへの買い替えが進み、良い商品を出せば必ず売れる-。こうした思惑がテレビ大手を国内工場への巨額投資に駆り立てた。

 だが、20年のリーマン・ショックで目算は大きく狂う。需要の冷え込みや価格下落で、巨額投資を回収できなくなった。パナソニックは25年10月にプラズマテレビからの撤退を決定。液晶テレビで一時は世界を席巻したシャープも、赤字垂れ流しで経営が立ちゆかなくなり、28年に台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入った。

 20年から23年にかけて薄型テレビの店頭価格は年率2~3割のスピードで下落した。当時はまだ韓国や台湾製のテレビの日本国内でのシェアは5%未満。価格破壊はアジア勢との競争よりも国内のデフレ心理が影響した面は否めない。

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 JR有楽町駅前のビックカメラ有楽町店(東京都千代田区)の2階フロア。「次世代 異次元画質」と書かれた大きな看板とともに、パナソニックなど4社の有機ELテレビがずらりと並び、買い物客が足を止めて大画面に見入る。品定め中の60代男性は「鮮やかですね。東京五輪をみるにはこれかな」と語った。

 平成29年は高画質の次世代パネルを搭載した有機ELテレビの普及元年。売るのは、これまで韓国LG電子だけだったが、今年に入り東芝、ソニー、パナソニックが相次ぎ発売した。解像度がフルハイビジョンの4倍の4Kに対応し、価格は国内3社が55型で40万円前後、LGが30万円ほど。すぐそばで売られている4K対応の液晶テレビの2倍だ。

 有機ELテレビは薄型テレビで久々の目玉商品だが、各社ともパネルをLGディスプレーからの調達に頼っており、価格が下がりにくい構図だ。シャープがパネル参入を予定し、独占が崩れれば、普及しやすい環境になりそうだ。だが、ソニーの執行役EVPの高木一郎は「安売りでいっぱい売るのではなく、丁寧に顧客を絞り込んで売っていくべきだ」と力説する。そこには、かつての液晶テレビと同じ轍(てつ)を踏みたくないとの思いがにじむ。

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 「想定以上に悪化し対応できなかった」。24年2月、当時シャープの社長だった片山幹雄は24年3月期の最終損益が赤字見通しになり、力なく語った。同社のほか、パナソニックとソニーも軒並み1社当たり数千億円の損失を計上。調査会社のBCNによると40型台の液晶テレビの店頭平均単価は24年3月に6万7900円と3年で半額以下に落ち込み、記録的な赤字の元凶になった。

 家電の王様だった薄型テレビが「売れば売るほど赤字」になったのは、コモディティ(汎用品)化が大きい。安価なデジタル部材を集めて組み立て一定の性能の製品が生産できるようになり、投資規模の優劣が競争力の決め手となった。

 こうした中、サムスン電子などの韓国勢は新興国市場で現地の購買力に見合った製品を提供し、そこで稼いだ資金で多額の投資を行って、先進国市場でも日本より低コストで提供するビジネスを展開。結果、日本勢は国際競争で破れ、国内市場に依存する構造になっていた。

 「日本市場には安い方安い方へと流れるデフレ心理がある」とBCN総研チーフアナリストの森英二は指摘する。リーマン・ショック後の需要減退で国内メーカーは余剰能力を抱え込むと、家電量販店にあおられるままに、泥沼の価格競争を続け自滅した。

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 液晶テレビの失敗は、製品の差別化ができなくなり、一気に進む価格下落に歯止めをかけられなくなったことが要因だ。

 「バルミューダってばかだなって思った人」。家電ベンチャーのバルミューダが9月に都内で開いたオーブンレンジの発表会。代表の寺尾玄は詰めかけた報道陣の笑いをとった。レンジなのに調理中にはドラムがリズムを刻み、「チン」の代わりにギターの音が鳴る。「朝の殺伐とした感じが和むのでは」。こんな発想から生まれた商品だ。

 家電業界の風雲児としてメディアにも引っ張りだこの寺尾。2年前に発売したトースターは2万円超と通常の4~5倍だが、これまで30万台を売る人気ぶりだ。モノが売れない時代にヒットを飛ばせるのはなぜか。

 「モノではなく体験を売る」というのが寺尾の口癖だ。例えば、トースターは水蒸気で温度を制御する技術を使い、パン屋が焼くパンのような味を実現する。余計な機能は省きデザインはシンプルだが、「体験を想像できるように」とジブリ映画「魔女の宅急便」に出てくるかまどのイメージにこだわった。

 海外では米ロボットメーカーのアイロボットも2002年に発売したロボット掃除機「ルンバ」をヒットさせ、家電で世界を代表する企業に成長した。コードレス掃除機を普及させた英ダイソンも次々と技術革新を起こして成長し、今度は電気自動車(EV)にも挑戦する。

 共通するのは顧客視線にこだわり、性能やデザインなどのアイデアで勝負する点だ。これらが付加価値として認められているからこそ、汎用品化が進む家電市場で価格が高くても製品は売れ、特別な地位を築きつつある。こうした動きはデフレ脱却につながる日本のモノづくりの一つの選択肢になるのではないか。(敬称略)