PR

ニュース コラム

【一筆多論】ミャンマーのここが違う 内畠嗣雅

10日、ミャンマー・ヤンゴンでデモ行進する若者ら(AP=共同)
10日、ミャンマー・ヤンゴンでデモ行進する若者ら(AP=共同)

 ミャンマーで国軍がクーデターを起こし権力を握った。総選挙の結果を拒否し民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チー氏を拘束し、抗議の若者らを激しく弾圧している。1988年の民主化運動以来、同じことが繰り返されているように見えるが、どこか違っているとも感じる。かつての軍政復活とは違う、別の結末があるのではないか。

 SNSで拡散する抗議デモの様子を見ると、若者らのカラフルな服装が目につく。私が現地で取材にあたった1990年代後半は、大半の男女が民族衣装である巻きスカートのロンジーを身に着けていた。足元はサンダル履きで、走りにくそうだが、治安部隊がやってくると、驚くほどの素早さで散った。捕まってトラックの荷台に乗せられるときも軽々と上がった。

 ヤンゴンのホテルでは、国際電話が1分3ドルだった。原稿を送る際には、ボーイさんがストップウオッチを手に身構える。当時はダイヤルアップ接続で、つながるとピーヒョロヒョロという音がし、パソコンの画面に文字が流れた。たいてい1分をわずかに超え、2分扱いとなって6ドル取られた。そこで私はパソコンを「消音」にし、画面に文字が流れ始めた時点で「はい、つながった」とボーイさんに合図した。すると、50秒台で終了した。「3ドルで済んだ。よかったなあ」。ボーイさんがわがことのように喜んでくれたのでバツが悪かった。

 当時、スー・チー氏らの民主化要求は押さえ込まれていたが、ヤンゴンの学生らが自治などを求め、街頭で座り込みやデモをしていた。抗議行動は地方の大学にも広がっているとの情報があり、私は中部の都市、マンダレーに飛んだ。そこでは、通訳が大学構内への同行はできないというので、一人でどうしたものかと思案していたら、「英語学科」の教室があり、教室にいた女性に英語で話を聞くことができた。すぐに、当局者らしき小柄なロンジー姿の男が現れた。「ここにいることは好ましくないと言っています」と女性が通訳してくれた。抗議行動はマンダレーの大学でもあり、大学が閉鎖されたことも確認できた。

続きを読む

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ