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【風を読む】オーガスタの女神 論説副委員長・別府育郎

優勝者のみに与えられるグリーンジャケットを着た松山英樹選手(ロイター)
優勝者のみに与えられるグリーンジャケットを着た松山英樹選手(ロイター)

 1995年のマスターズを取材した。前年の取材者から「フェアウエーに頬ずりしたくなるよ」と言われた。何を大げさなと思ったが、実際にそうした。それほど美しかった。祭典の舞台、オーガスタ・ナショナルGCの深い緑の芝、白い砂、この時期にだけ咲き誇る花々。ゴルファーの楽園とはここか、と思った。ただし美しさに潜む、女神の気まぐれないたずらが、選手を弄ぶ。

 2011年のベストアマから10年後に日本人としてマスターズの初優勝を飾った松山英樹も終盤、コースのわなに大いに苦しめられた。それでも逃げ切れたのは優勝者に贈られるグリーンジャケットを夢見て重ねた10年の経験があったからだ。

 1995年のベストアマはタイガー・ウッズだった。3日目をジャンボ尾崎と回ったウッズは、ことごとくジャンボをアウトドライブし、2年後にはプロとして優勝した。ウッズだからだ。99年のセルヒオ・ガルシアは優勝まで18年を要し、その後は松山まで、ベストアマからの優勝者は出ていなかった。それほど選手が順調に育つことは難しい。

 理由の一つは、ゴルフの変化だろう。95年大会の10番で、アーノルド・パーマーは「昔は2打目をウッドで打った。それが今ではアイアンだものな」と話した。老境のパーマーの飛距離を伸ばしたのはもちろん体力ではなく、木製からスチール、チタンへと材質を変え、反発力を増し続けた用具の進化だ。

 加えて近年では用具に合わせた各選手の筋力アップも加味され、年々コースの総距離を延ばしてきたオーガスタも限界に近づいている。

 最終日の18番、右ドッグレッグの465ヤードで飛ばし屋のデシャンボーはグリーン手前までティーショットを運んだ。異次元の光景だった。

 米国からの中継は、ベストアマを獲得した学生時代の松山の映像を何度も流していた。10年前の細身の初々しい姿と、現在の丸太のような肉体とは、まるで別人だった。自らの肉体を現在のゴルフに適応させた成果であり、その努力に最後はオーガスタの女神も微笑(ほほえ)んだのだろう。

 「努力は必ず報われる」と話したのは、白血病の闘病から復活し、東京五輪出場の切符を手にした競泳の池江璃花子だった。松山の快挙がまた、この発言を後押しする。

 スポーツっていいな、と思うばかりである。

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