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【スポーツ茶論】雨を喜び 風を楽しむ 別府育郎

パラリンピック競泳の木村敬一(川口良介撮影)
パラリンピック競泳の木村敬一(川口良介撮影)

 少し前、五輪中止前提の議論ばかりが横行したころ、社の先輩から声をかけられた。「放送陸上ってあったよな」

 正式名称は「全日本中学校放送陸上競技大会」。NHKの放送網を利用して全国の競技場を実況中継で結んだ陸上大会のことだ。1955年に始まり、20回大会から「通信陸上」と名称を変えた。

 「放送陸上」は、先輩記者による、東京五輪開催へ工夫の余地はないのか、という問いかけだった。

 例えば48年、大戦を経てロンドンで再開した五輪に日本は参加を拒まれた。日本水泳連盟会長の田畑政治はロンドン五輪と全く同じ日程で神宮プールに観客を入れ、日本選手権を開催した。

 1500メートル自由形で激しく争った古橋広之進と橋爪四郎はともに世界記録でロンドンの金メダリストに大きく先着した。古橋は400メートルでも五輪優勝タイムに水をあけた。

 ロンドンの競泳男子全種目を制した米国のキッパス監督は田畑に祝電を打った。「日本水泳の復活を喜び古橋君以下の成績おめでとう」の文面は神宮プールで読み上げられ、大喝采を浴びた。

 いわば壮大な「放送世界競泳」の成功は、次のヘルシンキ大会における日本の五輪復帰につながった。

□  □

 64年の東京五輪では当初、記録映画の監督とともに開閉会式の演出は黒澤明が担当するはずだった。ただ世界各地で同時にベートーベンの「第九」を合唱するなどの企画は技術的にも予算的にも不可能とされた。黒澤は妥協せずに降板し、記録映画のメガホンは市川崑がとった。

 「今の技術なら黒澤さんの演出は十分にできます。スマートフォンを利用すれば、1億人の参加だって可能です」

 そう話したのは、この夏の五輪・パラリンピックの開閉会式演出責任者に就任する前のクリエーティブディレクター、佐々木宏だった。

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