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【一筆多論】2度あった「ダレスの恫喝」 岡部伸

 このように、56年8月の「ダレスの恫喝」以前の予備交渉の際にも、米国から日本への圧力があったことがうかがえたが、それを裏付ける公文書を2019年12月、外務省が公開した。

 1955年8月29日、ワシントンで行われた日米外相会談で、同じくダレスが4島返還を主張し、2島返還の決着による日ソ接近を制止していたことが判明したのだった。

 55年のロンドンの予備交渉での2島から4島への方針変更も、ダレスからの圧力が原因だったと考えるのが合理的だ。2度にわたる『ダレスの恫喝』は個人的発言ではなく、米国の国家意思に基づいたものだ。東西冷戦時代、北方領土問題の陰の主役は米国だった。

 権威主義体制の中露両国が台頭する現在も、日本の同盟国である米国が北方領土問題の重要なプレーヤーである。

 プーチン大統領を「人殺し」と発言した対露強硬姿勢をとるバイデン大統領との初の日米首脳会談に臨む菅義偉首相には、悲願の北方四島返還を目指し米国の了解を得る外交の“腹芸”を期待したい。(論説委員)

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