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【一筆多論】毛沢東に肩を並べたい男 河崎真澄

 中国・上海市内に掲げられた習近平国家主席の肖像画=2020年6月(共同)
 中国・上海市内に掲げられた習近平国家主席の肖像画=2020年6月(共同)

 国家や権力者の栄枯盛衰には、潮目がある。45年前の中国もそうであった。

 1976年1月8日、国務院総理(首相)の周恩来(しゅう・おんらい)が77歳で死去した。10代後半から20代にかけ、日本やフランスへの留学経験がある周恩来は、49年の新中国成立から死去するまで一貫して首相の座にあった。

 7月6日には人民解放軍で「建軍の父」とされる元帥の朱徳(しゅとく)が89歳で死去。国家成立にかかわった人物は高齢の域に達していた。

 7月28日には河北省唐山を震源とする巨大地震が起きた。中国の発表で約25万人、米国地質調査所(USGS)の推計では実に約66万人が犠牲に。不吉な出来事の連続に、人民は激しく動揺した。その社会混乱の中で9月9日に死去したのが毛沢東(もう・たくとう)。82歳だった。

 50年代の人民公社や大躍進政策で失敗し、共産党内の基盤が揺らいでいた毛沢東が60年代半ば、権力闘争として始めたのが文化大革命だ。多数の若者を扇動して政敵のみならず知識人まで迫害し、被害者は少なくとも数千万人に上る。76年は文革の渦中にあった。

 毛沢東の4番目の妻である江青(こうせい)ら、文革で権力を振るった「四人組」が、毛沢東の死から1カ月も経ずして10月6日に逮捕され、混乱は収束に向かう。失脚していたトウ小平(とう・しょうへい)が復権し、78年に改革開放路線にかじを切って80年代から中国の高度経済成長が始まった。

 毛沢東が死去した76年こそ、中国という国家の潮目が変わった年であった。

 習近平(しゅう・きんぺい)指導部は今年、新型コロナウイルス感染症の克服や経済成長のV字型回復を謳(うた)い上げ、7月に共産党の結党100周年を祝って国威発揚する考えだ。

 さらに来年2月の北京冬季五輪を成功させ、5年に1度の党大会となる来年秋に習近平は、最高権力者である総書記として3期目の座を獲得する心づもりだ。

 総書記ら最高指導部の任期は2期10年までとトウ小平が定めた党内規を破ることになる。毛沢東のように終身の独裁を築き、最高権力を握ったまま、新中国成立100周年の2049年を迎えたいと考えていたとしても不思議ではない。存命なら、習近平は96歳だ。

 だが、潮の流れは変わりつつある。新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権侵害問題や香港の民主派弾圧、台湾への軍事威嚇(いかく)などをめぐり、中国は国際社会から、非難の集中砲火を浴び始めた。

 少数民族ウイグル族への迫害に関し、米国などが中国の「ジェノサイド(民族大量虐殺)」認定に踏み込み、欧州連合(EU)は22日、約30年ぶりに中国当局者に対する制裁を決めた。

 一方、中国に何ら反省の色はなく、「言語道断の嘘(うそ)だ」などと反発して、報復姿勢を強めている。このままなら今後、北京冬季五輪への選手団の派遣ボイコットや、開催地の変更といった国際社会との深刻な軋轢(あつれき)さえ起こりうる情勢だ。

 仮に北京冬季五輪が頓挫(とんざ)すれば激震が走る。内外で強硬な政治姿勢を強めるばかりだった習指導部に対する党内からの突き上げは必至だ。来年秋に夢見ていた3期目の総書記への就任も根底から揺らぐだろう。

 党も政府も軍も、あらゆる権力を生涯、手放さなかった独裁者の毛沢東に肩を並べたい男、習近平。だが国際社会はこの男の野望を打ち砕き、国家の暴走も防ごうと、じわじわと追い詰めているように見える。(論説委員兼特別記者)

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