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【直球&曲球】野口健 常に「最悪の事態」を想定せよ

東京五輪・パラリンピックに向けた5者協議で国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長(右奥モニター)のあいさつを聞く大会組織委員会の橋本聖子会長=3日午後6時39分、東京都中央区(代表撮影)
東京五輪・パラリンピックに向けた5者協議で国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長(右奥モニター)のあいさつを聞く大会組織委員会の橋本聖子会長=3日午後6時39分、東京都中央区(代表撮影)

 「呪われた五輪」とは昨年、麻生太郎財務相が発した言葉だが、今日までの経緯を見ると、その表現は的を射ていたのかもしれない。森喜朗前組織委員会会長の女性軽視とみなされた発言による辞任劇は、その象徴だろう。森氏が意図的に女性を陥れようとして行った発言とは思えないが、言葉は生き物だ。時に本人の真意から別離し、独り歩きを始める。ある意図をもって拡散されれば、いつの間にか、そちらにスポットライトが当たり、主役となる。SNSの普及により、その勢いは世界中を一瞬にして駆け巡る。故に発言は怖いのだ。僕も何度か痛い目にあった。今は絶えず言葉を「切り取られる」ことを意識しなければならない。

 それはそうと、森氏の発言で僕が最も気になったのは女性に対する発言ではなく、「新型コロナがどういう形になっても必ず五輪を開催する」という趣旨の言葉だ。登山家というのは絶えず最悪の事態を想定する癖がある。森氏の言葉は「いかなる状況下においても決行せよ」と聞こえてしまう。

 挑戦にリスクは付きものだ。「ゼロリスク」はあり得ない。それはヒマラヤ登山でも同じこと。リスクを前提で挑むが、山頂を目指しつつも絶えず下山を意識している。状況によっては躊躇(ちゅうちょ)することなく山を下りる。

 「必ず登る」と決めつけてしまえば、時に退き時のタイミングを見誤る。北米最高峰・マッキンリーで消息を絶った植村直己氏が日記に最後に書き残した言葉は「何が何でもマッキンリー登るぞ」であった。

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