PR

ニュース コラム

【日曜に書く】論説顧問・斎藤勉 KGB広場が再び燃える日

ロシアの反体制派ナワリヌイ氏を支持するデモ参加者と警察=1月23日、モスクワ(タス=共同)
ロシアの反体制派ナワリヌイ氏を支持するデモ参加者と警察=1月23日、モスクワ(タス=共同)

ソロベツキー島の巨石

 ロシア北西の白海に浮かぶ孤絶のソロベツキー島。今でこそ風光明媚(めいび)な観光地だが、1923年、独裁者スターリンの密命で強制収容所の第1号がここで産声を上げた。やがてソ連全土が「収容所列島」と化し、数百万人の命が奪われた。

 この島から灰赤色の巨石が粛清の主役であるモスクワ中心部の国家保安委員会(KGB)=現在は連邦保安局(FSB)=本部前広場の一角にある公園に運び込まれ、「スターリン大粛清の犠牲者を慰霊する記念碑」として除幕式が営まれた。ソ連崩壊前年の90年10月30日夕のことだ。その16年前のこの日、幾つかの収容所で政治犯たちが一斉に抗議のハンストを決行した記念日に当たり、細雪の中を遺族ら数千人が集まった。

 翌91年8月、共産党守旧派がゴルバチョフ政権転覆を図ったクーデターが「三日天下」で失敗する。これに歓喜した数千人の民衆がKGB広場の真ん中に立っていた秘密警察の創始者、ジェルジンスキー像を撤去し、KGBは事実上壊滅した。その年12月のソ連崩壊に至るクライマックスの瞬間だった。

 KGB広場で相次いだこの2つの歴史的な現場に立ち会った私は「民主ロシア」の到来を内心、大いに期待したものだ。

「反プーチン」の主舞台

 あれから30年-。KGB出身のプーチン大統領の20年超の強権下で、ロシアは強制収容所を全面撤廃したゴルバチョフ時代以前の政治的閉塞(へいそく)状態に逆戻りしてしまった。いま、「プーチン氏の最大の政敵」といえる存在になったのが、もともとは政治ユーチューバーの反体制派指導者、ナワリヌイ氏(44)だ。

 猛毒の神経剤で殺されかけ、治療先のドイツから帰国直後の1月17日に拘束された。同氏が暴いた黒海沿岸にある「プーチンの秘密の大宮殿」も世界中の顰蹙(ひんしゅく)を買い、「ナワリヌイ氏釈放」「プーチンなきロシア」などを叫ぶデモが1月23、31の両日、全土で燃え広がった。

続きを読む

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ