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【一筆多論】求む第二の明石元二郎 遠藤良介

ビデオ会議に参加するプーチン露大統領=2月8日、モスクワ(AP)
ビデオ会議に参加するプーチン露大統領=2月8日、モスクワ(AP)

 ロシアとの北方領土交渉が無残なことになってしまった。安倍晋三前政権は色丹島と歯舞群島の2島返還に絞り、経済協力を持ちかけて交渉したが、ロシアは日本の足元を見て態度を硬化させるだけだった。

 極め付きは昨年、プーチン露政権が行った憲法改正で「領土割譲」を禁止する条項が設けられたことだ。むろん北方領土はロシア領でないが、ロシア側はこの条項を盾に交渉を拒否する姿勢だ。プーチン大統領がいる限り、北方領土返還は限りなく不可能に近いと認識せざるを得ない。

 しかし、これは北方四島の返還を諦めるということでは断じてない。注目すべきは、ロシアの内政がここにきて流動化の兆しを見せていることである。

 昨年8月に毒殺されかけた反体制派指導者、ナワリヌイ氏が1月に治安当局に拘束されると、首都モスクワをはじめ全国各地で大規模な反政権デモが起きた。ナワリヌイ陣営がプーチン氏の蓄財や宮殿の存在を告発したインターネットの動画は、公開から10日間で1億回以上も視聴された。

 プーチン政権がナワリヌイ支持者のデモによってすぐに倒れることはないだろうが、長期の強権体制が深刻なきしみの音を上げているのは確かである。プーチン氏は昨年の改憲で2036年までの大統領続投を可能にしたが、36年どころか、24年までの現任期すら全うできるか分からない。

 こうした情勢で想起されるのが、日露戦争期のロシアを相手に諜報・謀略活動に奔走した日本軍人、明石元二郎大佐である。その活躍は司馬遼太郎の『坂の上の雲』といった歴史小説でも広く知られている。

 明石はロシア帝国の一部だったフィンランドの民族主義者、コンニ・シリアクスを右腕に、露革命勢力の糾合や武装蜂起を目指した。1904年秋にはロシアの反皇帝・革命勢力を集めた初の合同会議をパリで開催することにこぎつけた。これに呼応したかのように、翌年1月にサンクトペテルブルクで「血の日曜日事件」が起き、第1次ロシア革命へと発展した。

 実際には、明石の行動はかなり露当局に把握されていた上、「血の日曜日事件」も明石の関与した革命勢力が主導したものでなかった。今日では多くの専門家が、明石工作は日露戦争の帰趨(きすう)や第1次ロシア革命に直接の影響を与えなかったとみている。

 それでも、と思う。プーチン政権を相手に通常の外交が通用しないのなら、日本は明石のような大きな発想で北方領土返還への地ならしを進めるべきではないか。革命扇動は不穏だとしても、露反体制派に人脈をつくって北方領土問題を説き、将来の政権交代に備えることはできる。

 プーチン氏を熱烈に支持する保守層を除けば、ソ連の独裁者スターリンに否定的なロシア人は多い。北方領土の不法占拠はスターリンの犯罪であることを、広く国民に周知させる方法にも知恵を絞るべきだ。

 明石が縦横無尽に欧州を駆け巡ったのに倣い、欧米諸国を北方領土問題で味方につけることも重要だろう。ロシアに辛酸をなめさせられた東欧・バルト諸国はもとより、ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件で厳しい対露姿勢をとる西欧諸国にも支持を訴えるべきだ。

 今、日本が相手にすべきはプーチン政権ではない。(論説委員)

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