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【日曜に書く】論説委員・長戸雅子 届けたい「共創」のエール

キエフ・バレエ「くるみ割り人形」
キエフ・バレエ「くるみ割り人形」

 しんしんと静かなリズムを刻んで降り続く雪。盛装し最上の笑顔を浮かべた人たちが続々と集う-。

 昨年の12月24日は思いがけない形でクリスマスらしさを味わうことができた。といってもどこかへ外出したわけではない。在宅での仕事が終わったのが午後9時前。そこから世界の名門バレエ団のひとつ、キエフバレエ団による「くるみ割り人形」をネット視聴した。

 キエフバレエ団は例年、年末に来日しているが、今年は新型コロナウイルスの影響で海外公演がかなわず、11月に本拠地で収録された「くるみ」が日本のファン向けに特別に無料配信されたのだ。

 息せき切って会場に向かう必要もなく、部屋の照明を少し落としてパソコンの画面に見入れば、そこは物語の舞台であるドイツの裕福な家庭、シュタールバウム家。同家の“にわか招待客”のひとりになり、約2時間の物語を甘美な音楽とともに楽しませてもらった。

観客が持つ力

 華やかな衣装と豪華な舞台装置、心打つ楽曲。そして何より、鍛え抜かれたダンサーの肉体が描き出す極限の軌跡。総合芸術であるバレエの魅力は、ネットという二次元の世界でも十分に味わうことができる。

 コロナ禍で通常の形の公演が制限される中、代替策として普及してきたネット配信は、気軽には行きにくいと思われがちだった観劇を身近なものにした。潜在的なファン層を開拓するきっかけになったともいえる。

 そうしたネット配信の恩恵にあずかりながらも、本来あってほしいはずのものがない思いにもとらわれる。舞台と客席が呼応して生まれる何か。バレエは「時間と空間を共有する芸術」であるからだ。

 「舞台に立つと、お客さまから発するものを全身に感じます。そのエネルギーのようなものが踊りに反映される。キャッチボールのようなところがあるのです」と語るのは、東京バレエ団の芸術監督で元同バレエ団のプリンシパル(最高位ダンサー)、斎藤友佳理さんだ。旧ソ連時代からロシアへの留学を繰り返し、研鑽(けんさん)を積んだ斎藤さんは、ロシアバレエの神髄を体現できる随一のバレリーナだった。そして観客が持つ力を誰よりも知っている。

魔法の気球に包まれ

 1996年12月、「くるみ割り人形」の公演。極限まで神経が張りつめていた斎藤さんは靱帯(じんたい)断裂の大けがをした。日本の病院ではどこからも「復帰は不可能」と診断されたが、ロシアでの斎藤さんの後見役でもあったボリショイ・バレエの名花エカテリーナ・マクシーモワさんの勧めでモスクワの病院で手術を受け、懸命のリハビリをこなした。復活は奇跡といわれた。

 98年6月の復帰公演のときの体験を斎藤さんは自著「ユカリューシャ」にこう記している。

 《舞台に飛び出した。

 「えっ? これは何?」

 今まで感じたことのない温かな“気”のようなものが、真っ暗な客席に充満していた。それがドッと舞台に押し寄せ、私は温かさに包まれた。「友佳理、がんばれ」の声が二千三百人のお客さんひとりひとりから、聞こえてくるようだった。けいこ中から沸騰寸前だった私の感情は、本番でまさに沸き立った。》

 斎藤さんは「魔法の気球の中に包み込んでくれたようでした」と当時を振り返る。

東京五輪でも

 どうやら観客席にいる私たちは芸の力を受け取るだけの存在ではなく、ときにダンサーの力を予想以上に引き出す、共創者であるのかもしれない。

 「『ジゼル』など古典バレエがなぜこれほど長く演じられ続けているのか。それはダンサーも観客の方も発するものが毎回違うからです。同じ演目でも生まれてくるものは毎回違う。舞台芸術とは私たちと観客の方が一緒に作り上げるもの」(斎藤さん)

 バレエから離れるが、東京五輪ではコロナの感染拡大を防止するため無観客開催も検討されている。感染拡大の阻止は大会を成功させるために必須の課題だが、やはり会場には、スタジアムには、オンライン技術と組み合わせるなど何らかの形で生の歓声が響いてほしい。そうでなければ完結しない気がする。

 コロナの影響は、アスリートやダンサーの旬、花が咲く時期を無慈悲に刈り込んでしまっている。だからこそ、こんな時期だからこそ共創のエールを届けたい。(ながと まさこ)

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