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【新聞に喝!】WHO「宣言」遅れとEU首脳関与を究明せよ

パリ近郊の大学で学生たちと話すマクロン大統領=21日(AP)
パリ近郊の大学で学生たちと話すマクロン大統領=21日(AP)

 □元東京大学史料編纂所教授・酒井信彦

 昨年12月17日、フランスのマクロン大統領が、新型コロナウイルスに感染したと発表された。同大統領とコロナについては、強く記憶に残る記事があった。武漢封鎖1カ月後の昨年2月23日の朝日新聞「時時刻刻」の記事である。

 1月23日に、武漢の封鎖が行われたときに、スイスのジュネーブで世界保健機関(WHO)の専門家による緊急委員会が開かれていたが、「中国は、委員会が『国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態宣言』を出さないよう外交の力で働きかけていた節がある」というのである。

 その目的は、「WHOが宣言を出し中国との人の往来や貿易を制限するよう各国に勧告すれば、中国経済への打撃となり、国家の威信や戦略にも影響するため」であった。

 そこで習近平国家主席は、「22日、委員会を取り仕切るディディエ・フサン委員長の出身国であるフランスのマクロン大統領と電話会談。『中国は厳しい措置を講じており、WHOにも情報を伝えている』と理解を求め」る行動に出た。

 WHOの委員会は22日、緊急事態宣言についての結論を出さず、翌日も見送った。各国の感染状況の悪化もあって、WHOは30日にやっと宣言を出したのだが、肝心な移動や貿易の制限の勧告はやらなかった。

 なお『月刊Hanada』昨年4月号の遠藤誉論文によると、この時、習氏が電話会談した相手には、ドイツのメルケル首相も含まれている。

 現在、日本では「2度目の緊急事態宣言が遅すぎた」と騒いでいるが、世界に莫大(ばくだい)な被害をもたらした根本原因は、この時のWHOによる緊急事態宣言の見送りであった。

 しかもWHOの宣言も、中国が恐れていた、移動や貿易の制限勧告を含まない完全に骨抜きにされたものであった。直前の28日には、テドロス事務局長は北京に行って習氏と会談しているから、これは習氏の要求を受け入れて、決められたに違いない。

 かくて、コロナウイルスは、中国の春節観光客によって、世界中に拡散された。WHOによるパンデミック宣言は、さらに大幅に遅れて3月11日であり、これは習氏がコロナ後に初めて武漢を訪問した翌日であった。

 緊急事態宣言の見送りに、EUの首脳が関与していたとすれば、そのために世界中で膨大な犠牲者を出しているのだから、大変なスキャンダルである。これが事実であるのかないのか。メディア、特に朝日新聞は、真相を究明する責任がある。

                  ◇

【プロフィル】酒井信彦

 さかい・のぶひこ 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で『大日本史料』の編纂に従事。

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